第168話 蜘蛛の加護

「ムウ、ココデ、マツ」

「え……あ」


 待てと言う前にイッカハは風のような速度で行ってしまった。

 あのスピードはカブトムシより速いかも。

 小さな体のどこにあれほどの力があるのか……呆気に取られていたが、ハッとなる。


「待った方がいいんだよな……」

「案ずるな。イッカハは速い」


 特に誰かに向けてぼやいたわけじゃなかったのだけど、オフシディアンのモウグ・ガーが慰めて? くれた。

 彼に対して肩を竦め首を振る。


「確かに速かったけど」

「イッカハなりの気遣いだ。気に入られることは珍しい」

「どこが気に入られたのかまるで分らんが……」

「正直オレも分からん。キュウイを気にったからかもしれんな」

「それで気に入るってのも、ますます疑問だよ」

「蛇と親しくしようとする蜘蛛が珍しかったのかもな」

「それならある……かもだが、俺は唯の人間なんだよなあ」


 う、うーん。確かに蜘蛛の加護を受けているのだが、蜘蛛側の者ってわけじゃないんだよね。

 ここはすみよんに……いや、さっきと同じ結果になるか。

 ん、そういや俺、いつ蜘蛛の加護なんて受けたんだろう?

 アリアドネとの出会いについて順を追って思い出してみるか。ちょうどイッカハを待たなきゃいけなくなったし、良い機会だ。何か分かるかもしれない。

 リンゴを採りに行こうとすみよんに誘われ、不用意にアリアドネたちの縄張りに足を踏み入れてしまった。

 そんで納豆パスタを作って、彼女のとんでもない圧に倒れそうになりながらも納豆パスタを振舞ったんだっけ。

 ん? 圧?

 俺が余りに彼女の圧にやられていたので、確かすみよんが謎の魔法をかけてくれて……彼女の圧を感じなくなった。

 すみよんの魔法を受けて以来、彼女の圧を感じたことはない。

 すみよんの魔法はまだ俺にかかったままってことだよな。

 

「うーん、振り返っても蜘蛛の加護なんぞ受けた覚えはない。すみよんの魔法は永続ぽいけど」

「圧を感じたいんですか?」

「いや、すみよんの魔法には助かってる。そのままで頼む」

「分かりましたー。さっきからずっと変な顔をしてますが、どうしたんですかー?」

「考えていただけなんだけど、そんなに変だった?」


 俺の質問に対しすみよんは長い縞々尻尾をパタパタするだけで何も答えようとしない。

 そこで無言になられると気になって仕方ないだろうが!


「考えていたこと、分かりましたー」

「俺の顔……え?」

「ですからー、エリックさーんが考えていたことが分かりましたー」

「あ、うん?」

「蜘蛛の加護のことでしょー。実はすみよんの魔法でえす」

「え、ええええ! すみよん、蜘蛛だったの?」

「というのは冗談でえす」

「……」

 

 こ、このワオキツネザルめえ。

 からかってきてるのか本気なのか分からないところがもどかしい。

 

「アリアドネはじょおうなんですよ」

「そうだな、そう言ってたな……」


 もはや彼の言葉を聞く気にもならず適当に返事をする。

 なんてことをしていたら、逆張をしてくるのがすみよんだ。

 油断ならねえ。

 

「蜘蛛の眷属以外でアリアドネが護ってくれるのはエリックさんだけなんですよお」

「それなら俺だけじゃなくてすみよんもじゃ?」

「すみよんはお友達ですからあ。護ってもらう必要もないです」

「だいたい理解した」


 彼女と仲良くなったので、彼女といる時に何かあったら彼女が護ってくれる。

 すみよんはその必要がないので、彼女の庇護の対象ではない。

 これだけじゃ特に蜘蛛の加護を受けているってことにはならないのだが、相手は蜘蛛の眷属を統べるアリアドネなので話が異なる。

 彼女は自らの眷属たちが俺を襲わないようにしてくれたってことさ。

 自分が傍にいない時に自分の眷属に俺が喰われるかもしれないものね。

 どんな方法で彼女が蜘蛛たちに俺を襲わないようにしてくれたのか分からないけど、蛇の眷属から見たら俺が蜘蛛の加護を受けているように見える、ってことは確かだ。

 完全なる彼女の善意なので、悪い気はしない。蛇に蜘蛛と見られてしまうデメリットはあるが、メリットの方が遥かに大きいものな。

 この前だって俺がアリアドネと親しいから許された行為なんだって後から気が付いた。

 この前の出来事とはドラゴンを蜘蛛の縄張りまで誘導して滅してもらったことだよ。

 蜘蛛の立場になって考えてみたら、失礼なことをしているだろ。モンスターをトレインして人の家にぶつけたんだものな……。

 ふむふむ、エリック君、完全に理解した。

 その時、ふわりと風を感じる。

 

「キタ」


 風の原因はイッカハが戻ってきたからだった。

 高速で移動していたから、風が巻き起こったんだな。


「ハイ、コレ」

「え、これは?」


 真っ直ぐ俺を見上げ、小袋を掲げるイッカハ。

 ちょうど鼻先に小袋が来て、開けずとも中に何が入っているのか分かった。

 さっそく開けてみたら、予想通り出てきたのは各種スパイス。

 細かく砕かれ粉状になっていて、加工せずにそのまま使えそうだ。


「わざわざ持って来てくれたの?」

「エリック、スパイス、スキ」

「好きだけど、もらっちゃうのも」

「イイ、イッパイ、アル」

「よし、だったら。このスパイスを使って何か作るよ」


 あ、しまった。ここは宿じゃなかった。ついいつもの勢いで宣言したものの材料がなきゃ何も作れない。

 どうしたものか。


「スパイスのみじゃあ、何も作れんだろ」


 モウグ・ガーが当然の突っ込みをし、たははと頭をかく。


「すみよん、ジャイアントビートルで行って戻ってくるのにどれくらいかかりそうかな?」

「本気を出せばもっともっと速く走れますよお。だけど、エリックさーんが落ちます」

「そいつは困る……ごめん、明日、またここで会えるかな?」


 聞くと二人は頷きを返す。

 スパイスを使った料理か。何を作ろうかな。レストランにある素材で、かつ外で作るのでシンプルなもの。

 ……お、あれなら作れるか。いや、このスパイスの味を確かめてからどんな料理にするか考えよう。

 

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