第167話 なんのかんので仲良くなる
「オイシイ?」
「う、うん」
立ち去るつもりだったのだが、イッカハがキュウイを手に取りじーっと俺を見つめてくるものだから受け取ってその場で食べている。
さっき食べたので味わいは分かっているのだけど、そこはご愛敬ってやつで。
彼女は俺から目を離さず俺の食べる姿をつぶさに観察していた。彼女はその場でペタンと座って、完全なる観察モードである。
俺がキュウイを食べる姿がそんなに不思議なのだろうか? すみよんは食べ続けているのだけど、彼のことは気にならないの?
「キュウイ、クモ、タベル?」
「ど、どうだろ。アリアドネはキノコが主食だったような、いや、食べなくてもいいとか言っていた気も」
「エリック、クモ」
「そいつは何と言ったらいいのか」
彼女は俺の姿を見て人間と分からないのだろうか。
彼女は蛇のカテゴリーに属する竜族とモウグ・ガーの言葉から推測できた。
うーん、困った時にはワオキツネザル。これで行こう。
五割の確率で余計に話がややこしくなるのが玉に瑕。しかし、状況を打開するには彼を頼るのが手っ取り早い。
「すみよん、俺は何の変哲もない人間だってことをどうやって説明したらいいかな?」
「そうですかー? どこにでもいるニンゲンにすみよん、興味を持ちませーん」
「ま、待て。その流れは何だか嫌な気がする」
「違ったんですかー? エリックさん、とても面白いですよー」
「俺が特殊なのって、ヒールくらいだろ」
「そんな能力もありましたねえ」
落ち着け、落ち着け。
すみよんへの切り込み方を間違えた。
そして、棚から牡丹餅的に彼が俺に興味を持った理由があったことが判明し少し驚く。
自分で独特の能力だなと思っていたヒールについても彼の興味じゃなかったのか。じゃあ、何で……?
あ……。
ひょっとしたらと思うことがあった。だがしかし、敢えて触れない方向で進めたい。
人間、知らない方がいいこともあるのだよ。
ふう。一旦落ち着こう。
こんな時は深呼吸だ。イッカハとの会話を中断していることなど気にしてはいけない。
「俺は蜘蛛じゃないってどうやって説明したらいいかな?」
これでどうだ。渾身の言い換えに思わず口角があがる。
「んー。エリックさんとアリアドネはもうすっかりお友達ですねー」
「ジョオウ……」
ゾッとした。背筋が凍るかと思ったほどに。
その原因は竜族の少女イッカハが発した凍てつくような空気である。
彼女の雰囲気の変化にモウグ・ガーも腕を組み、渋い顔をしているように思えた。
「ア、アリアドネとは確かに仲良くさせてもらっているけど、俺は蜘蛛の巣で住んでいるわけでもないし、蛇と敵対しているわけでもないんだよ」
「アリアドネ、クモ、ジョオウ」
「え、ええとだな。蜘蛛だけじゃなく、蛇のサハギンとも仲良くさせてもらってるんだよ。ほら、これ」
「スピパ?」
持っててよかったスピパ。しかし、削っているスピパだったのだけど、良く分かったな。
スピパを見た彼女の雰囲気が急激に和らぐ。
余談であるが、醤油の入った小瓶や塩、コショウも持っている。かつお節と醤油があれば、現地での料理をすることになっても何かと捗る。
「北の湖と俺が呼んでいる湖でサハギン族のザザという少女に会ったんだ」
「スピパ、ダメ、サハギン」
「どうやらそうらしい」
サハギン族のザザとの出会いをイッカハとモウグ・ガーの二人に語った。
といっても、ザザが倒れていてスピパを剥がしたことくらいしか喋ることはない。
「スピパは俺にとっては貴重な食材でさ。イッカハの竜族やオブシディアンはどんなものを食べるの?」
「コレ」
イッカハはキュウイを指さす。
そうね、キュウイを食べに来たんだから当然だよね。
そういうことじゃなくてだな……モウグ・ガーはキュウイを食べるのは彼とイッカハだけって言っていたぞ。
「こういうものだ」
モウグ・ガーがほいっと包みを投げる。
遠慮なく包みを開けると真っ赤に染まった肉が出てきた。
この赤色……何だろう。
お、匂いですぐに分かった。こいつは、辛いやつだ。
唐辛子も入っているようだが、スパイスだよな、これ。
キルハイムにもコショウや唐辛子といった香辛料はある。だけど、種類は多くない。
この肉に使われているスパイスは唐辛子以外キルハイムとは別物だ。
「これは……良いものだ」
包みを閉じ、モウグ・ガーにそれを返す。
「気にいったのか。食べていいぞ」
「いや、これだけスパイスを使った料理だと、結構貴重なものだろ?」
「そうでもない。オレたちも竜族も日常的に使っている調味料だ。辛くすると日持ちする」
「みんな辛い食べ物が好きなの?」
「好む者は多いな」
こいつは衝撃だぜ。
オフシディアンと竜族はスパイスの国だった。
スパイス、スパイスか……。スパイスでまず最初に想像するものはカレーである。
肉を見る限りケイジャン料理に近いものなのかなと思った。
それでも、カレーに期待してしまうよね。だって元日本人なんだもの。
といっても、ケイジャン料理を軽視しているわけではない。あれはあれで良いものだ。
レストランで出すのにも良い。
日本料理じゃないけど、ケイジャン料理となれば街で食べることができるものでもないし、ここでしか食べることができないってコンセプトには合う。
俺が食べたいだけでこじつけてるだろ? と言われればその通りだと応えざるを得ない。
「イッカハも食べるの?」
「タベル」
「見てみたいな、オフシディアンと竜族のスパイス」
「スパイス?」
「辛い調味料のことの意味で使っていた。ごめん」
「スパイス!」
どうやらイッカハはスパイスという単語を気にいってくれたらしい。
「エリック、ミル? リュウノ?」
「いや、俺が行ったら嫌がられるだろ……」
「ソウ? イッカハ、カマワナイ」
「いや、イッカハは良くても……」
蜘蛛の加護を受けている俺が竜族の街に行ったら大混乱必須だろ。
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