第166話 また会ったね

 威圧するでもなく、いるだけで存在感を示す何かがいる。

 そいつは気配を隠そうともせず、ゆっくりとこちらに近づいてきていた。

 ガサリ。

 藪や揺れ、気配の主が姿を現す。

 知っている顔だった。だがしかし、決して親しい間柄ではなく、「知っている」だけである。

 そいつは蛇の頭に人間に似た胴体に両腕といった人型で、手には短槍を持っていた。

 姿を現したそいつはオブシディアンで間違いない。通常オブシディアンは茶色の鱗なのだが、この個体はくすんだ青色だった。

 人間の生活圏で出会うことは皆無、かつ冒険者でも出会うことは稀なんだ。

 更に鱗の色が特徴的となれば、俺の知るオブシディアンで間違いない。

 そう、あいつはオブシディアンの中でも特異個体であるネームドだ。ネームドは種族平均より遥かに高い戦闘能力を持つ個体のことを指す。

 銀蛇を連れドラゴンを追いかけ回していたあいつだよ。

 こんなところで偶然会うなんて酷い、酷すぎる。


「な、何用だ……」


 声を出したものの言葉が通じるかは不明。

 対するネームドオブシディアンは槍を地面に向け放り投げ敵意がないことを示す。

 俺? 俺は無防備なことに武器さえ構えていなかった。

 そもそも俺の実力でネームドオブシディアンと対峙して戦おうなんて気は起こらない。

 できることと言えば、カブトムシに乗って全速力で逃げるのみ。

 せめて今の間にカブトムシに乗っておくべきだったかなあ……。

 抜けている自分に後悔し、額から冷や汗を流しつつも向こうは待ってくれない。

 

「××××」


 ネームドオブシディアンがガラガラと蛇の威嚇音みたいな音を放ってきたので、ビクウと俺の肩が揺れる。

 こ、これ、俺に喋りかけてきているんだよな……理解できない。

 

「俺はエリック。蜘蛛の加護を受けているらしいんだけど、君に敵意はないんだ」

「××、エリック。こっちか」

「え、あ……」

「ダメ。オレはモウグ・ガー」

「モウグ・ガー」

「お、通じたか」


 余りの驚きに言葉を失う。何とか気を取り戻し、彼の名前だけは返せた。

 彼が途中で切り換えた言語は理解できた……理解できてしまったんだ。


「モウグ・ガー、君はどこで日本語を?」

「日本? 何を指す? 人は竜のことを日本と呼ぶのか?」

「今君が喋っている言語は竜の言葉なのかな?」

「そうだ。蛇に属する竜族の言葉。我らとは異なるがどちらも同じ蛇」


 王国にも人間以外の種族は沢山いる。

 蛇も同じくいろんな種族で構成されていることは何となく分かっていた。

 オブシディアン、ドラゴン、銀蛇の三者が蛇の一派なのだから。

 ドラゴンに属するものだけなら、蛇と言わずドラゴンと呼称するだろうからね。

 

「もしかして、キュウイ……この茶色の果実は君たちのものか?」

「いや、誰のものでもない。オレもこれが好きでな」

「他の仲間もこれを採集しにくるの?」

「オレとあと一人くらいだな。種が好まれないみたいだ。オレはむしろそれが好きなのだがな」

「へえ、俺もだ。粒々したところもおいしいよな」

「オレとあと一人しか食べない。枝から落ちて腐るものも多い。持って行ってくれて構わん」


 ひょっとして俺がキュウイを採ったから怒って出てきたのかもと思ったが、違っていてホッとした。

 そして、もう一つ懸念していたことも解消したので安堵の気持ちもキュウイと合わせてダブルってところ。

 もしかして俺の気配を感じて遠くから追いかけてきたのかな、と思ったんだよ。

 ドラゴンと彼は敵対していたようだったから、恨みを買っていないと思うのだけど、「俺の得物を横取りして」とか考えているかもしれないからさ。

 あとさ、俺……キュウイの好きなところは中央の白いところなんだよね。

 周囲を食べてから最後に白いところを食べるとより甘味が感じられてワザと先に緑を食べてから白を食べたりしてる。

 

「ありがとう、ありがたく持って帰ることにするよ。そうそう、俺はこの茶色の果実のことをキュウイって呼んでるんだ」

「変わった名付けだな。特に名は付けていなかった。オレもキュウイと呼ぶことにしよう」

「キュウイ……ワタシモ、ソウスル」


 え、誰々?

 すみよんの声とは少し違うような。彼は俺たちのことなぞ見ておらず、むしゃむしゃと未だにキュウイを食べていた。

 

「すみよんじゃありませんよー。エリックさーんの後ろ、後ろでえす」

「ん」


 振り返っても誰もいない。

 いや、視線が低かっただけか。

 俺に張り付くほど接近していたので単に後ろを向くだけじゃ視界に入らなかった。

 ここまで接近されて気が付かないってのも変な話だが、実際まるで気が付かなかったのだから仕方ない。

 一流のスカウトでもここまで肉迫したらさすがに気が付くのだけどなあ。気配遮断の魔法でも使っていたのかも。

 声の主は小柄……というより子供に見えた。

 背丈は人間でいうところの10歳かそこらで、120センチもないんじゃないかな。

 額から白くて細長い角が二本生えており、膝から下が光沢のあるクリーム色の鱗で包まれている。遠目で見れば鎧と見間違えるかもといった感じだ。

 この子が高度な気配遮断の魔法を使った? いや、何らかの隠遁系スキルって線もあるな。

 

「魔法、使ってませんよー」

「俺の考えていたことが分かった……?」

「いえいえー、エリックさんの顔を見れば分かりますよー」

「そ、そうか……」


 すみよんなら俺の心の中を覗いていてもおかしくないと思って聞いてみたが、違ったようだ。

 実は見ていたけど、俺がショックを受けるかもしれない気遣いから「顔に出てる」と言った可能性を捨てきれないのが恐ろしい。

 すみよんと入れ替わるようにして角の生えた少女が尋ねてくる。


「キミ、クモ?」

「いや、俺は蜘蛛じゃないよ。人間のエリックだ」

「イッカハ」

「名前だよな?」

「ソウ」


 ううむ。どこからどう見ても俺は蜘蛛に見えないはず。

 蜘蛛の加護なるものを受けているらしいので、蛇からすると蜘蛛の一派に属していると思われると理解した。

 

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