第165話 少し酸っぱいでえす
かつお節と表現するかスピパ削りと言うべきか迷ったのだが、店のメニューとしてはかつお節にすることにした。
名前は後から変えるかもしれない。
重要なのは名前じゃないんだ。食べておいしいか、おいしくないかだろ。
それでまあ、スピパ削りという商品名「かつお節」をさっそく出してみたところ好評だった。
かつお節は色々なところに使うことができる。酒飲みに好評だったのは焼きナスだ。熱々の焼いたナスにかつお節を振りかけ酢と醤油で味付けする。
これがまた酒に合うんだよなあ。
かつお節を提供していると、カツオの刺身も食べたくなってくる。
癖のあるカツオの刺身にショウガとポン酢をかけてパクっと行くとこれがまた美味しいんだよねえ。スーパーの刺身コーナーでもカツオは割安だし、ブリと共に良く買っていた。
「うーん、海に行きたいな」
「海ですかー?」
「あ、独り言だ。気にしないでくれ」
「そうですかー」
俺はカブトムシに乗って食材集めに繰り出している。
連日他のことをしていたので、そろそろ食材の補充をしておこうとね。グラシアーノ経由で購入している食材もあるが、肉、山菜、キノコ、フルーツなどなど豊富な食材が近くでとれるのだから利用しない手はない。
最近、狩りに出るとすみよんがいつの間にかついてきていることが多かったのだが、今日はさすがについてこないだろと思っていた。
彼にはビーバーたちを統率し厩舎とついでにサウナを作ってもらっている最中だったから。
丸太を乾燥させるとも言っていたし、彼が現場でやることは沢山あったはずなのだが……。
「ビーバーたちと一緒にいなくてもいいの?」
「あとはビーバーたちがやってくれますよー」
「丸太が積み上がっていたものな……乾燥は終わっているとして厩舎の組み立て方とかは指示しないの?」
「それも終わってますよお。サウナの方もバッチリでえす」
「りょーかい。ビワやら桃があれば採って帰ろうか」
「甘いでえす」
もし建築作業が滞っていたとしても誰も困らない。
彼らのペースでやってくれればいいさ。
俺の心中を知ってか知らずかカブトムシの頭部にちょこんと座っていたすみよんがスルスルと俺の体を登り肩までやってくる。
そして、長い縞々尻尾を振り俺の視界を遮った。
「どうしたの?」
「あっちでえす」
「あっちってビワ?」
「違いまあす。少し酸っぱいものもありまーす」
「酸っぱくてもいいの?」
「たまには食べましょう。ジョエルにもあげましょうー」
「おお、ジョエルのことも考えてくれてるんだ」
「フルーツ仲間でえす」
少し酸っぱいものか、どんな果物なのだろう。
すみよんの尻尾に導かれるままカブトムシを走らせる。
しかしすぐに彼に操作してもらえばいいじゃんと気が付き、自動操縦(すみよん)に切り替えた。
「あ、止まって!」
「分かりましたー」
カブトムシを止めてもらったものの、結構なスピードなので既にチラリと見えたものから遠ざかっている。
俺の見間違いじゃなきゃ、きっとあれは食材だ。
来た道を少し戻ると気のせいじゃなかったことが分かる。
発見したものは、チェリーより小さい黒い果実が沢山ついた木だった。
果実を手にとってみる。お、やはりこれは。
ベリー系統で日本でも寒い地域で育つとか何とか。日本ではすぐりだったっけ、俺になじみのある名前だとカシスだ。
キルハイムの市場でも見たことがある。ジャムにして食べる……には砂糖がなあ。エムリンの鱗粉だと溶けちゃうから使えない。
ハチミツを混ぜてジャムにしてみる?
「それも酸っぱいでーす」
「目的はカシスじゃなかったんだよね」
「もう少し大きいですよお。小さいとすぐ無くなっちゃいます。あと、それは苦味もあるのでダメでえす」
「んー。ならスフィアに頼むか」
ジャムも作るが、カシスなら酒にしてもいいかなと思ってね。
カシスソーダとか久しぶりに飲みたくはある。
日本のカシスリキュールみたいに甘くなるのかねえ。
何か混ぜ物をするのかもしれないけど、作り方なんぞ分からん。スフィアが知っていたら彼女に頼ることにして、知らなきゃ知らないで発酵させてみるべし。
革手袋をはめたままカシスを集め、大きな麻袋に詰める。
パンパンになった麻袋はカブトムシのコンテナへ。カブトムシはバイクや車感覚になってきている……慣れとは恐ろしい。
生き物だから食事も必要だけど、馬と違って荷物入れもあるし甲殻がブルーメタリックで車ぽいんだよね。
車はもちろんのこと馬やバイクとは比べ物にならないくらい悪路に強いし。不整地を走るにこれほど適した騎乗生物はない。
他にもカブトムシに並ぶ騎乗生物がいるかもしれないが、特に他もって気持ちにはならないなあ。
収集癖のある人は多い。俺も何かしらの収集癖があるかもだけど、少なくとも騎乗生物ではないことは確かだ。
カシスを回収し、再びカブトムシに騎乗してすみよんの気の向くままに走る。
「ここでえす」
「お、おお、これは」
「少し酸っぱいでーす」
「自然下では初めてみたよ」
到着したところは蔓とまではいかないが、細い枝が伸び他の木に絡まっていたり、自力で伸びていたりと中々うっそうとした感じになっている場所だった。
細い枝には黄緑色の葉っぱと茶色の果実。
さっそくすみよんが果実をもいで皮ごと食べていた。細かい毛が生えたような表皮で手の平に収まるほどの大きさ。
ナイフで真っ二つにしてみると、外側は緑色、中央は白で白のまわりに黒い粒々がぎっしり詰まっていた。
瑞々しい果肉らしく、切った口から果汁がじわじわと溢れてきている。
見た目からしてキュウイフルーツだが、俺の知っているキュウイと同じものではない……よな。
しかし、すみよんがおいしそうに食べているのを見て俺が我慢できるわけもなく、しゃくっと食べてみた。
「お、おお。キュウイそのものだ。少し酸っぱいけど自然に生えてきたものでこんなに甘いものなんだな」
「エリックさーんもお気に召しましたかー?」
「お腹を壊したりするかもしれないけど、ヒールがあるからいいか」
「持って帰りましょうー。渡しませんよお」
「渡しません」と言っているすみよんだったが、はやく採集してと尻尾で促して来る。
「渡さないんじゃなかったのか」
「エリックさんはどんどん取ってくださいー」
意味が分からないぞ。
だが、キュウイを持って帰ることに対して否はない。
その時不意に背筋がゾワリとした。
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