第164話 設計図

 ビーバーとすみよんに対し俺がお手伝いできることはなにもない。

 まだ仕込みの時間まで余裕があるか。

 厩舎の新設をお願いしたことで、俺のDIY欲は高まっている。

 やりたい箇所は……あり過ぎてどこからやろうかと迷うなあ。

 うーん、うーんと頭を捻りながら、扉口、客席、客席から見えるキッチン、そして全く使っていない暖炉などなど目に入るもの全てが気になる。


「ここも毎日使うし、俺としても設備が増えると嬉しい」


 ウロウロして辿り着いたのは浴室であった。

 今は岩風呂と体を洗う場所があるだけで、宿の温浴施設としては物足りない。

 といってもキルハイムの街基準だと温浴施設があること自体が珍しく、その中でも浴槽がある宿は稀の稀だ。

 あったとしても桶とお湯とかサウナとか。

 

「宿にもサウナが欲しいな。風呂だけじゃなくサウナも毎日使えるとなると贅沢過ぎるだろ」


 前世日本ではアパートで独り暮らしだった。一応浴室とシャワーは付いていたんだが、月見草のように広い岩風呂じゃないし、サウナなどあろうはずもない。

 二駅先にスーパー銭湯があったけど、行くのはいいが自宅まで戻って来なきゃならなかったしなあ。


「いろんな浴槽があったり、サウナがあったりすればそれだけで売りになりそうだよな」


 どうやって作ったらいいのかは想像もつかないが、アイデアは頭の中にある。

 実際にスーパー銭湯やら温泉宿やらで打たせ湯とかジェットバスなどなどを見たこともあるからな。


「作れたとしても、メンテナンスが大変だと結局閉鎖になっちゃうよな」


 作れど維持できなきゃ意味がない。

 岩風呂も管理できてんのかって話だが、こちらは問題ないのである。

 いつもピッカピカだぜ。お掃除は小人族の方々なのだけどね。

 

 ◇◇◇

 

「……というわけなんだ」

「興味深い試みですね! 心躍ります!」


 アイデアはある。しかし、形にはできない。

 となれば、形にできる人に相談するのが一番だ。人任せなんてDIYだなんだのと考えていたことと異なるじゃないか、と思うかもしれない。

 正直無理だよ。ただの素人がジェットバスなどを作っちゃおうなんてことはさ。

 近くに頼りになる人がいる。ならば俺は躊躇なく頼るぜ。ははは。

 そんなわけで、さっそく道具作りの専門家であるポラリスのところにやって来た。

 俺のアイデアを聞いた彼は目を輝かせ、職人魂を刺激されたようだ。


「どれが実現できそうかな?」

「どれが、ではなくエリックさんが何を導入したいか、ですよ」

「俺としてはサウナが欲しい」

「他にはありますか?」

「もう一つとなると、ジェットバスかな」

「水流で体を刺激するものでしたか?」

「うん、月見草は『回復する』がコンセプトだからさ」

 

 サウナは体の毒素を出す、とか聞いたことがある。

 ジェットバスも血行を良くしてみたいなことを聞いたような。

 何より、どちらもとても気持ち良い。

 サウナは人によるのかもだが、俺が宿の店主でルールだ。

 自分が良いと思ったものを独善的に選ぶ王なのである。

 ……偉そうなことを言ったが、サウナが好きなのだから仕方ないだろお。


「ではまずサウナからでよろしいですか?」

「うん」

「サウナの仕組みを実現することは容易です」

「温度調節ができる火起こしの魔道具があれば行けそうだよな」

「問題は……」

「調整だよな」


 お互いに顔を見合わせ苦笑する。

 調整がピーキーかどうかもまず作ってみないことには分からん。


「魔道具は炊事用のもので事足ります」

「サウナ室の設計は分かりそう?」

「はい、どちらかと言うと大工仕事なのでデザインは保証できませんが」

「サウナとして楽しめるなら全然問題ない。とても助かるよ。もちろん設計図代も払う」

「持ちつ持たれつですね」

「あ、そうだ。すぐ戻る」


 売れば良い値になることは確実だが、俺にとって少々厄介なブツなんだよな。

 急ぎ宿に戻り、包んだまま箱の奥底にしまっていたブツ……先日のドラゴン素材のうち鱗を一つ持って再びポラリスのところへ。


「こ、これは……まさか、ドラゴンの鱗では?」

「ご名答。設計図のお礼に」

「いやいやいや! 待ってください!」

「まだあるし、俺が持っていても宝の持ち腐れだし」

「売ることもできるじゃないですか」

「そらまあそうだけど、一個だけだし」


 ドラゴンの鱗をどうぞ、いやいや、と押したり引いたりの合戦となってしまった。

 宿の店主である俺がドラゴン素材を持って街や冒険者ギルドで売ろうとすることは難しい。盗品を疑われてしまうかもってね。

 だったら、冒険者に頼んで売ってもらうなり、グラシアーノに頼むなりの手段はある。

 でもせっかくなら知ってる人に使ってもらいたいじゃないか。ちゃんと対価も得ているし。

 

「じゃ、じゃあ、魔道具も付けて、ならどうかな?」

「それでも、鱗には見合いませんが……」

「サウナの調整で色々聞くことも追加で」

「分かりました」


 根負けしたポラリスが両手をあげる。

 彼がドラゴンの鱗を懐に納めたと思いきや、代わりとばかりに一枚の紙を置く。


「これは……設計図?」

「そうです。エリックさんが離籍している間に描きました」

「は、早すぎだろ」

「そう複雑な機構ではありませんよ」

「助かったよ!」


 ふんふんと鼻歌交じりでポラリスの店を出たところで気が付いた。


「あ……、せっかくなら大工仕事も手伝ってもらえばよかったかも」

「それも作るんですかー?」

「どええ」

「沢山いただきましたからいいですよお」

「と、突然現れるのはやめよう、な、心臓に悪い」

「さっきからそこにいましたよお」


 突然頭の上に重みを感じたと思ったら、例のごとくすみよんである。

 ついでに作ってくれるらしいのでありがたく乗っかっておくことにしようかな。

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