第121話 お姉さん、か弱い

「どうしたの? じっと見つめて……っ!」

「突然どうしたんだよ?」

「な、何でもないわよ。師匠が変なこと言うから」

「……あ、うん」


 悩んでいた俺がバカらしくなってきた。スフィアだってジョエルがいることに気がついているよな。自分を見ている理由だって。彼女の場合はギルドの有名人なのでこうして遠巻きに見られることは多々あったのかも。

 それでも、まだ少年であるジョエルが赤の魔道士としての憧れから彼女を見ていると勘違いすることは無いだろう。彼はどう見ても貴族の坊ちゃんだもの。冒険者に憧れる少年のものとは服装も体つきも違う。

 それにしてもスフィアは寒くないのだろうか。人に触れることや肌を見られることを恥ずかしがる割にあの格好は何なのだ。

 キルハイムの街だとあの格好が標準?

 うーん、確かにスカートが短いやらビキニトップのようなものだけで上着を着ていない女性もいるにはいる。しかし、よく見るのは冒険者ギルドや短い夏の時期だけ。

 冒険者ギルドではテレーズのようなスカウト系の者は軽装なのだ。これはまあ、音をたてなくするためとか仕事をしやすくするためのものである。

 スフィアの場合、スカート丈は短くはないけど肩口がないチューブ型の臍が見えそうなくらいの短い丈の服なので、こうして近くで見上げられるとたわわな谷間がまともに目に入るんだよ。見る気が無くとも視界に、入るのだから仕方ないだろ。悪気は無いのだ、無いのだからな。


「ま、また黙って、やましい事でもあったの……?」

「いや、魔法使いぽいローブやベストを羽織ったりするのはどうかなと」


 ちょうど良い、ジョエルのこともある。ここらで少し冗談を言い合い盛り上がってみよう。

 と思ったのだが、スフィアは顔を真っ赤にしてそっぽを向く。

 狸耳をペタンとさせ動揺を露わにする。


「し、師匠が呼ぶから、そのまま来ただけなんだから」

「部屋着のままってこと? 紹介したい友人がいるんだ。そんなおっぱいが溢れそうなのはちょっと……」


 渾身の俺の一撃は彼女にとって追い討ちになってしまう。


「師匠が冗談を言ったんじゃなくて、エリックさんが本気で……」

「違う! 断じて違う! その狸耳に誓ってもいい」

「み、耳がいいの?」

「謎の勘違いをしてきたな。しかし、答えねばなるまい」

「いきなり変な口調……」

「正直、猫耳や狸耳をワサワサしたい気持ちはある。しかし! 獣耳保持者は若い女子だけでどうにもこうにも、なのだよ」

「あ、はあい」


 呆れてを通り越したのかスフィアから俺が無になった時と同じ返事が来た。

 無になるとみんな同じ反応をするのだろうか? 誰か研究を頼む。

 残念ながらスフィアに対しては芳しくない結果となったが、ジョエルには効果があったようだ。


「あはは、エリックさん。犬猫じゃダメなの?」

「大きさが違うだろ。ほら、あんなにふわふわでさ」


 カブトムシを挟んで様子を伺っていたジョエルが朗らかに笑いながら傍までやって来た。

 彼の顔にはもう緊張した様子はない。


「メリダに頼む? 僕から言うよ」

「いや、それはちょっと……」

「エリックさん、誰でもいいなんて不潔だわ」

「スフィア、分かったから少し黙っておこうな。ほら、健全な少年の前だからね」


 手で口を塞いでやろうかと思ったが自重する。変な誤解がより酷いことになりそうだもの。

くいくいと襟元を正し、ジョエルの背中をポンとする。


「スフィア、宴会の時に見たとおもうのだけど、改めて紹介させてくれ。彼はジョエルと言うんだ。今、療養のために隣の屋敷に住んでいるんだ」

「ジョエルです」

「ご丁寧にありがとう。私はスフィア、改めてよろしくね。エリックさんから変なことばかり教えられないか不安」


 握手するスフィアとジョエルが揃ってこちらを見てきた。


「いやいや、その紹介はおかしい」

「あはは」

「もう、冗談だって」


 突っ込むと二人揃って楽しそうに笑う。この分だと大丈夫そうだな。

 俺が大切な何かを失った気がするが、気のせいに違いない。


「どうしようか、ジョエル。近くの川の予定だったけど、北の湖まで行ってみる? スフィアが護衛してくれるから安全は保証する」

「お姉さんが護ってくれるの?」

「そうだよ」

「お姉さんは学者さんみたいだけど、いいのかな?」

「か弱そうってこと? いやいや……あ、いやなんでも」


 謎の殺気に思わず口ごもる。この先を告げるなと俺の本能が訴えかけてきたのだ。

 言うまでもないが、殺気の主は破廉恥な狸耳である。

 

「お姉さん、か弱いけどちょっとだけ魔法を使えるの。だから、『護る』だけならできるんだよ」

「そうなんだ! すごいなあ、魔法使いさんだったんだ」

「えへへ、ちょっとだけだけどね」

「良く言う……な、何でも無い」


 や、やばい。口は禍の元だよな。

 優し気な笑顔をジョエルに向けているスフィアの背中から青白いオーラがあがっているように感じる。

 余程、か弱いお姉さんが気にいったらしい。

 ジョエルはスフィアをよいしょしようとして喋っているわけじゃなく、無邪気に思ったままを口にしている様子だ。

 だからこそ、彼女もあのような態度になるんだろうね。全く困ったものだよ。

 俺の内心など関係なく、二人の会話は続く。

 

「お姉さんの魔法を見て見たい気もするけど、危ないことがないのが一番だよね」

「北の湖ならモンスターの姿を殆ど見かけることもないよ。万が一の時は任せて」

「じゃあ、北の湖に行ってみようかな?」

「任せて!」


 ジョエルの手を取りきゃっきゃするスフィア。キャラが違い過ぎて変な声が出そうになりグッと堪える。

 もう、見てられない……少し席を外そうかな。

 そう思った時、厩舎の外で「きゃー」という声が聞こえた。マリーとメリダかな?

 声と重なるようにして、すみよんがてくてく厩舎に入って来て、彼の後ろにひょこひょことビーバーたちが続く。

 すみよん、いつの間に外に出ていたんだ?


「エリックさーん、どうぞお。お礼はリンゴでいいそうでえす」

「びばば」

「何のこと……?」

「撫でたいと言っていたじゃないですかあ」

「びばばば」

「そういうとね。じゃあ遠慮なく」


 猫耳や狐耳が撫でたいと言ったんだけどなあ、と思いつつもビーバーを持ち上げわしゃわしゃさせてもらった。

 いいねえ。水の中で動きやすくできているのからか、すみよんのふわふわな毛とは感触が異なる。

 これはこれで良いものだ。

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