第120話 カブトムシ、カブトムシ

 カブトムシが増えており、ジョエルが無邪気に喜んでいる。

 俺の出した結論とは……。


「んじゃ、行くか」


 いつものブルーメタリックのカブトムシの角の辺りを手のひらでペタペタして動くように促す。

 そう、ここにはブルーメタリックのカブトムシしかいない、そうに違いないのだ。

 他は幻である。スフィアかすみよんが俺に幻を見せているんじゃないだろうか。

 カサカサカサ。

 俺の動きに合わせてブルーメタリックだけじゃなく、オレンジもグリーンもついてくる。

 

「ぶ、分身……? 光の加減で分裂して見える……?」

「分身じゃありませんよお。ちゃんと実体がありますー」


 現れてからずっと俺の頭の上に乗っていたすみよんから突っ込みが入る。

 そうだった、そうだった。

 そもそもすみよんに対し呼びかけたのはオレンジとグリーンカブトムシがいたからである。

 現実逃避の結果、変な方向に動いてしまった。

 気を取り直し、正気に戻った俺は改めてすみよんに問いかける。

 

「オレンジとグリーンのジャイアントビートルはすみよんが?」

「はいー。エリックさーん一人でお出かけじゃないと聞きましたのでえ」

「昨日、ジョエルたちと食事をしている時にすみよんもいたものな。彼らと出かけるといってもすぐそこの川だよ。ビーバーたちのいるところ」

「そうなんですかー。ジョエルはしょっぱい水の中にいる魚と言ってましたよお」


 なるほど、やっとすみよんの意図を理解できた。

 北の湖までジョエルたちを連れて行くのでカブトムシ一体じゃ彼ら全員を運ぶことができない。

 すみよんの認識だと、俺とマリーに加えジョエルと彼の部下二人……従者と表現した方が……いやそれも微妙なところ。

 ともかく、俺を含めて五人が北の湖まで出かけると考えていた。

 カブトムシの乗車人数は三人までだから、一体では足りない。

 そこで、二体を追加して三体ならば九人まで運ぶことができるようになり、五人でも足りると言うわけである。


「ありがとう、すみよん。でも、北の湖に行くことは考えてなかったんだ。カブトムシが複数いたとしてもね」

「そうなんですかあ」

「そうなんだよ。俺一人だと全員を護衛することができないからさ」

「必要ないですよお」

「そういうわけにもいかないさ。怪我したら大変だしね」

「必要ないですが、エリックさーんが護衛が欲しいのでしたら弟子を連れて行きますかー?」

「スフィアを?」

「はいー。暇してますし、それとも大好きなアリアドネにしますか?」

「ア、アリアドネは勘弁して……」


 人間であるスフィアならともかく、ジョエルたちにアリアドネを見せるわけにはいかない。

 驚かれるってレベルじゃないだろう。彼女の力が強大過ぎて、彼女が意識しなくとも脆弱な人間は圧を受けてしまうし……まともに行動することができない。

 すみよんが何か合図を送ったのか、すぐにスフィアが厩舎に顔を出す。


「エリックさん、どうしたの? ジャイアントビートルが増えてるし……」

「エリックさーんがスフィアのぽろんが見たいらしいですう」

「ぽ、ぽろん……エリックさん、明るいうちからそんな」

「待て! マジで待って!」


 真っ赤になって両腕で胸を覆い涙目で睨まれても困る。

 幸いここにはマリーとメリダがいない。カブトムシを怖がって外で待機しているからね。

 変なことを言って誤解されたらどうするんだよ。

 

「北の湖まで護衛役をやってくれないか?」

「散歩ね、たまには遠出するのも悪くないかな、今から行くの?」

「うん、そのためにすみよんがビートルを二体も追加してくれたんだよ」

「師匠……本気ね。エリックさんは師匠に相当好かれているわね」

「そ、そうなのかな……」

「ビートルを二体も追加なんて大盤振る舞いよ」


 唇を尖らせて言われましても、カブトムシの市場価格なんて俺が知っているわけもなく、曖昧な笑みを浮かべることしかできなかった。

 市場価格は分からないけど、ブルーメタリックのカブトムシの価値は分かる。

 やり手商人グラシアーノが欲しくてたまらない様子だったのに完全同意だよ。カブトムシは馬より速く、悪路に強く、より多くの荷物を運ぶことができる。

 馬なら荷物を運ばせるために何か他の道具なり装具なりを準備する必要があるのだけど、カブトムシには備え付けのコンテナまであるんだよね。

 まだある。カブトムシは馬より食事量が少なく、特に水の摂取量が極めて少ないんだ。

 馬は汗をかき、走るために多量の水分が必要なのだけど、カブトムシには必要ない。

 まだまだある。パワーもカブトムシの方が上だし……カブトムシと馬を比べた時の利点をあげるときりがないほど。

 

「ワタシとエリックさーんの仲ですからね」

「ありがとう。色が違うんだけど、確か性能が異なるんだっけ」

「そうですよお。ジョエルは緑に乗るかスフィアと乗るといいでえす」

「すみよんだとアレだものな」

「すみよんはエリックさんの頭の上です」

「そうでっか……」


 ここまですみよんがお膳立てしてくれたものの、正直まだ北の湖に行くのか迷っている。

 カブトムシを使うとなるとマリーとメリダをどうしようかとさ。マリーは一度街までカブトムシに乗せて行ったことがあるからお願いすれば乗ってくれるとは思う。

 だけど、彼女の気持ちを考えるとなあ。

 メリダに関しては乗ることができるのかも未知数である。

 もう一つの懸念はジョエルの人見知りだ。

 スフィアが来たら、カブトムシを挟んで微妙に彼女と距離を置いている。

 ん、いや、待てよ。マリーたちのことは一旦置いておいて、ジョエルの仕草に注目しよう。

 来た頃の彼は引っ込んで目も合わせようとしなかった。

 ところが今はどうだ。スフィアの方をチラチラと見ているではないか。

 彼女から歩み寄ると隠れてしまいそうだけど、彼なりに極度の人見知りを少しでも克服しようとしているんじゃないかな。

 ならば、俺も一肌脱いでみよう。

 まずスフィアが動かないように声をかけ、親しい様子を見せればどうかな?

 考えてみたもののいざ動こうとしたらどう喋ったらいいものか悩む。

 う、うーん。

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