第119話 牧場ではない

「エリックさん、ジャイアントビートル牧場を作ってたんだったら教えて欲しかったな」

「いや、そんなわけでは……」


 キラキラと目を輝かせるジョエルを横目に動揺が隠せないでいる。

 俺が愛用し世話になっているカブトムシは中央に鎮座しじっと俺の指示を待っていた。

 これだけならいつもの光景なのだけど、メタリックブルーのカブトムシの左右を固めるオレンジメタリックとグリーンメタリックのカブトムシ。

 どうなってるんだ? 昨日までは確かに一体だった。

 一夜でカブトムシが一体から三体に増えているなんて一体全体どうなっているのか分けがわからない。

 理由を知るのはあの小動物以外にはいないはず。


「すみよーん! 近くにいる?」

「ここにいますよー」


 呼びかけたら頭の上に生暖かい感触が。

 突然出てきたワオキツネザルのようなワオ族のすみよんの姿にもジョエルがビックリする様子はなかった。

 彼の後ろに控えた騎士ランバードは大きく目を見開き、腰の剣に手を当てようとしたのだろう手が途中で止まっている。

 もう一人の彼の従者たるメイドのメリダはこの場にはいない。

 マリーと同じくカブトムシが苦手だったらしく、彼女は厩舎の外でこちらの様子を窺っている。

 マリーと共にね。

 さて、意味の分からない状況になってしまったが、話を整理することにしよう。


 昨晩のことである。

 俺とマリーはジョエルら三人と遅い夕食をとることにしたんだ。

 

「遅い時間になっちゃってお腹ペコペコだよな」

「僕のわがままだから気にしないでよ」

「先に食べててくれてもいいんだよ。食卓を囲んでくれるだけでも楽しいし」

「せっかくなら一緒に食べたいんだ。お屋敷では僕一人か父様と二人で、みんないても後ろだし」

「お屋敷だとそうなっちゃうんだなあ」

「ここではお昼も朝もメリダとランバードと一緒に食べることができるから、楽しいよ」

「うんうん、食事は一人より二人」

「二人より三人だよね!」


 にししとジョエルと顔を見合わせ笑い合う。

 民宿のレストラン部門は好調で、最後にシュークリームを出してようやく終わりとなった。

 片付けをしつつ、遅すぎる夕食を作ってジョエルたちを招く。

 ジョエルだけは別メニューで、メリダとランバードは俺とマリーと同じ食事になった。

 本当はジョエルも同じメニューを食べたいだろうけど、彼の舌の事情から難しい。

 食べられないものを無理して食べるよりは、少しでもおいしく食すことのできるものを食べた方が断然良いよな。

 ってことで、彼もメニューに関しては完全に同意しているので問題ない。

 

「今日は魚なんだね! エリックさんの出してくれる魚は不思議だよ。味を別々に感じることがない」

「汽水に住んでいる魚を汽水の塩気で味付けしているからね。ジョエルの味覚を解明できていないけど、魚なら生息地の水を使うことは平気みたい」

「そうなんだ。自分のことながら面白いね」

「あはは。かなり待たせちゃったけど、明日ピクニックにでもいかないか?」

「いいの! 嬉しいよ!」

「楽しめるようなアトラクションや絶景があるわけじゃないけど、近くに川があるんだ。そこで釣りでもしながら釣った魚を調理しようかなって」

「楽しそう! メリダ、ランバード、行ってもいいかな?」


 はしゃぐジョエルは本当に楽しそうで、彼の姿を見たメリダの目元が潤んでいる。

 ランバードも隠してはいるが、何かしら感じ入るものがあるようで僅かながら肩を震わせていた。

 

「もちろんです!」


 二人の声が重なり、思わず彼らが顔を見合わせる。

 彼らの様子が面白かったようで「あはは」と笑うジョエル。

 彼の声に惹かれて来たのか、ひょっこりとすみよんが窓から入って来た。

 

「エリックさーん、リンゴありますかー?」

「リンゴもビワもブドウもあるぞ」

「いただきまあす」

「待て、皿に乗っているのはジョエルのだって」

「いいよ、一緒に食べようよ、すみよん」

「分かりましたー。一緒に食べましょうー」


 いつの間にか仲良くなっていたすみよんとジョエルである。

 確かこの前の宴会の時からかな? 味覚の関係上、フルーツを食べることが多いジョエルとフルーツを主な食糧としているすみよんの相性は良かったらしい。

 喋る動物なのだけど、ジョエルは人と接するように普通に接しているな。

 すみよんの見た目が動物だったこともあり、人見知りも顔を出さなかったのかもしれない。

 すみよんもジョエルも人を選ぶからなあ。そういうところも馬が合った理由なのかも。

 そんなこんなで二人の会話が続く。


「待ってね、先に魚を食べるから」

「そうですかー。魚好きなんですかー?」

「エリックさんの作ってくれる魚は好きだよ。はじめて味がしたんだ」

「甘いでえす?」

「フルーツも好きだよ。甘いとか酸っぱいとか」

「甘いのがいいでえす」

「そうだね!」


 すげえ、すみよんを良い感じであしらっている。

 いや、ジョエルにはそのような気持ちはないか。だからこそすみよんが気にいったのかもしれない。

 ほのぼのした気持ちで眺めていたら、唐突にすみよんが首だけをこちらに向けた。

 180度近く首が動いていて、少し怖い。人間とは可動域が全然違うんだな。

 

「芋が欲しいでえす」

「洗ってストックに入れてるよ。ジョエルが魚を食べているからすみよんは芋?」

「そうでえすよお。この魚、どこでとってきたんですかー?」

「北の湖だよ。汽水の魚なんだ。底生魚だから変わった形をしているだろ」

「そうなんですかー。すみよん、魚にはあまり興味がありませーん」

「ははは、次に行った時にはフルーツも探してくるよ」

「すみよんも行きますー」


 次行く時にはついてきてくれるらしい。すみよんがいると謎のすみよんセンサーでフルーツの位置を探知してくれるからありがたいぞ。

 

 ……なんてことがあって、今を迎えたわけで。

 ジョエルがカブトムシのことを気にいっていたし、近くの川でもコンテナがあると楽ちんだからさ。

 なのでカブトムシを連れに厩舎に来たら、カブトムシが増えていた。

 そして、現在に至るってわけなんだよ。

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