第122話 ピクニック

「降ろすよ」

「はいい、お願いしますう」


 両手を伸ばすマリーを抱きかかえ、ひょいと持ち上げ地面に降ろす。

 ちゃんと食べているはずなのだけど、軽い、軽すぎる。

 猫族だからかな?

 ここはスフィアを持ち上げて確かめねば、と思ったが余りに失礼過ぎるので自分の興味を引っ込める。

 そもそもスフィアとマリーじゃ身長差もあるし。

 全く関係ない話だけど、俺は多分キルハイムの街では平均的な身長だと思う。

 冒険者の中に混じると小さいほうかもしれない。

 ゴンザやザルマンは俺より高いし、女性としては長身のライザと俺はだいたい同じくらいの高さかな。

 マリーはスフィアのより少し高いくらい。

 話が逸れてしまった。

 

 ぎゅっと目をつぶっていたマリーが恐る恐る目を開く。

 が、数歩後ずさりぎこちない笑顔を浮かべた。

 ジョエルの判断で北の湖に行くことになったのだけど、もちん移動手段はカブトムシになる。

 マリーとメリダはお留守番にするか本人たちに聞いてみたら、同行したいとなったので、カブトムシに乗ってもらったのだ。

 

 さて、メリダの方はどうかな?

 騎士のランバードが淡々と彼女を姫抱きして緑カブトムシから降ろしていた。彼女もまたマリーと同じようにキュッと目を閉じ体が硬直している。

 犬耳もペタンとしていてマリーにそっくりだ。

 ここまで拒否反応を出しているってことは二人ともよっぽどカブトムシが苦手なのだろうけど、それでも乗ることを決意するって余程同行したかったのだろう。

 ならば、せっかくの北の湖を楽しんでもらわなきゃだな!

 さて、時を同じくして無表情のランバードや苦手なものを前にし苦渋の表情を浮かべるマリーとメリダとは異なり、もうこれでもかと目を輝かせているジョエルがオレンジ色のカブトムシから降りる。

 そうそう、ランバードが操縦した緑もスフィアが手綱を取ったオレンジにも青のようなコンテナはない。

 人数が多くてもピクニックをする分には青のコンテナだけで十分だ。しかし、今回は大きなリュックも持っている。

 青のコンテナは左右に一つあるのだけど、片方は既に満載でさ。帰りにフルーツやらを採取するかもしれないので念のためにね。

 みんなが無事到着したので、俺も最後の仕上げをするか。

 膝を折り、青の右のコンテナを開ける。


「びば」

「びばばびば」


 特徴的な鳴き声を出しながらビーバーたちがゾロゾロとコンテナから出てきた。


「本当に大丈夫なのかなあ」

「大丈夫ですよお。川でも平気だったじゃないですかあ」

「確かにそもそもビーバーたちは飼育しているわけではないし、今も自然の中で生きているものな」

「湖の深くまでは行かないように、なんて言わなくてもちゃんと危ないと危なくないは感知していますよお。感知を疎かにするのはニンゲンくらいのものです」


 肩にするすると登ってきたすみよんが長い縞々尻尾で俺の背中を叩く。

 言われてみれば当たり前のことか。ビーバーの生息域が北の湖にまで及んでいるのかは不明だけど……自然下のモンスター、動物、魔物たちは常に弱肉強食の中で生きている。

 常に危険を警戒して動いていて当然だよな。

 何もドラゴンの前にビーバーを置いてくるってわけじゃないんだ。危ないと感じたら水の中から出るくらいはする。

 安全な街や家の中で護られている人間とは違うのだ。


「よおおし! じゃあ、まずはテーブルセットを出そう。ランバードにスフィア、出すのを手伝ってもらえるか? っうお!」

「ばあー」

「きゃー、えむりんちゃん!いらしてたのですか?」

 

 マリーが歓声をあげる。

 突如顔の目の前にインセクトフェアリーのえむりんが出現したからビックリしたよ。

 彼女もビーバーと共にコンテナの中に潜り込んでいたんだろうか……。カブトムシのコンテナの中に潜むのがブームってわけじゃないよな? この前もすみよんがコンテナに入っていたし、出かける前にコンテナチェックが必須である。

 俺が驚いたのが嬉しいのか、クルクルと俺の周りを飛んだ彼女ははしゃぐマリーの肩にお座りした。

 えむりんも虫要素あるのだけど、マリーの超お気に入りなのだ。じゃあ、カブトムシの何がダメなのだろう?

 飛べないから?

 う、うーん。少年には大人気なのだけど、カブトムシ。

 太陽の光に反射してキラキラ輝く鱗粉に目を細め考えてみるも、答えは出なかった。


「えりっくー、どうしたのお?」

「ぼーっとしてた! テーブルセットを用意せねば」

「ぼーっとするー?」

「後からなー」

「そうなのー」

「そうなのだー」


 このふわふわした感じがえむりんの持ち味である。無邪気さといつも楽しげに微笑む彼女と接すると自分もふんわりとした優しい気持ちになれるんだ。

 いいよね、こういう癒しを宿でも体験して欲しいけど、俺のキャラじゃ無理だな。気持ち悪いだけである。


「ランバード、エリックさんを手伝ってあげて」

「畏まりました」


 なんて会話が俺とえむりんが喋っているうちに交わされ、折りたたみ式のテーブルセットが運び出された。

 テーブルセットといっても小さなもので全員が食卓を囲めるほどではない。椅子も三脚だけしかもってきていないのだ。

 ジョエルもいるし、雰囲気作りってやつだよ。休む時に椅子の方がいいかもと思ってさ。

 俺は元より椅子に座るつもりはなく、地面に腰かけるつもりでいる。いつもそうだしね。

 

「エリックさん、もう終わったわ」

「は、早いな。じゃあ、今度はこの釣竿を出して……俺がやるよ」


 お次は釣りの仕掛け作りだ。複雑なものじゃなく、釣り針に錘と浮だけのシンプルなものである。


「僕にもやらせてもらってもいいかな?」

「もちろんだ」

「ありがとう!」

「ここをこうして、うん、そんな感じ。簡単だろ?」

  

 釣り針で指先を怪我しないように指導しつつ、ってほどでもないか。

 あっさりと仕掛けが完成し、人数分の釣竿が用意できた。

 

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