第87話 これは素晴らしい
「これは素晴らしい。これは素晴らしい。これは……」
「素晴らしいのは分かったから、戻って来て……」
「……失礼いたしました。コンテナを備えた騎乗生物とは初めてお目にかかりました」
「ジャイアントビートルでここまで来たんですよ」
「さすがにコンテナの中で寝る、のは難しそうですね」
「宿を開けるわけにもいきませんので日帰りですよ。朝早く廃村を出たんです」
「な、なんと。これは素晴らしい。これは素晴らしい。これは……」
だあああ。また戻ってしまったじゃないかよ。
グラシアーノの商会までマリーの記憶を頼りにやって来たんだ。すると、運のいいことに彼と出くわすことができた。
中に招かれて応接室へと行くところだったのだが、ジャイアントビートルを目にした彼がトリップしてしまって今に至る。
ジャイアントビートルを見た瞬間にフラフラとし始めて、「このフォルム……美し過ぎる。それに色……」と言い始め、興味を惹かれたようだったのでコンテナとか説明したんだよね。
すると、同じセリフを繰り返しはじめちゃって。
今度はジャイアントビートルにスピードに感動してしまったようである。
一頭だけに限定するなら、馬よりジャイアントビートルの方が優れた点が多いのは確か。
フルーツが大好物で野菜も食べるのは馬と似た感じであるが、哺乳類型の馬と昆虫型のジャイアントビートルでは食事量が段違いだ。
俺たち人間や馬は体温を維持するために多大なエネルギーを使う。対してジャイアントビートルはその必要が無い。
なので、必要なエネルギーが馬より少ない。
通常、こうなると日中の暖かい時間はともかくとして気温の変化によって活動量に大きな差が出てしまうもの。
しかしジャイアントビートルはいつでも最高のパフォーマンスを見せてくれる。
他には馬より速いとか、スタミナもあるとか、完全上位互換と言ってもいいくらいだ。
馬と違って生態がまるでわからないのが欠点である。
どれくらい生きるのか、とか、繁殖できないのか、とか継続して利用していくためにどうすればいいのかまるで分らない。
「モンスターだから」と言ってしまえばそれまでなのだけど……。
とまあ、商人であり「物を運ぶ」ことに並々ならぬ拘りがあるグラシアーノからすればジャイアントビートルに心を奪われるもの理解できる。
「戻って来てえー」
「……は。失礼しました」
奪われ過ぎなのも問題だ。
俺はいつも物腰柔らかなグラシアーノの様子しか見たことが無い。彼でもこれほど取り乱す? こともあるんだな。
俺がこれまで出会った人物の中で「紳士」と言えば彼が真っ先に思い浮かぶ。貴族の知り合い……いや、知り合いというのはおこがましいな。
できればお知り合いになりたくないし。吾輩とか言う貴族様は決して紳士というイメージではない。
他に年配の知り合い……パリパリかね……は無い、無いよ! アレはない!
何か知っている人物に考えを巡らせると彼以外に少しでも紳士の要素がある人がいないじゃないか。
いや、いた。
振る舞いは紳士的であるが、見た目が若いんだよな。誰かって?
いつもお掃除に大活躍してくれる小人のストラディだよ。小人族だからどうしても紳士イメージと離れてしまってさ。
他にも中年の知り合いはいるが、髭とスキンヘッドだし。
なんか濃い人物ばっかだな……俺は考えるのをやめた。
遠い目をしてしまった俺に対し、グラシアーノがようやくいつもの調子で口を開く。
「エリックさんとマリーさんから訪ねて来るとは珍しい。何か急ぎの用なのかな?」
「急ぎってわけじゃないんです。ちょうどマリーと俺が外に出る時間があったんで、前々から一度街に行こうと思ってまして」
「なるほど。元々街に住んでいた二人にオススメのレストランを紹介しても、いや、私のところを訪ねて来てくれたのは必要な物があったからだね」
「その通りです。魔道具の店に詳しくなくて、グラシアーノさんだったら知っているかなと」
「どのような魔道具が欲しいんだい? 物によっては在庫があるかもしれない。君なら卸売り価格でいいよ」
「おお。トイレ用の魔道具が欲しくて。洗面所用のもあれば欲しいです」
「ほお。いよいよ各部屋にトイレを、なのだね。素晴らしい」
最初に彼に会った時にはまさかこんな関係になるとは思っても見なかった。
そういや最初に合った時には丁寧な口調を使ってなかった記憶だ。あの頃は冒険者気質がまだまだ抜けて無くて……いや、まだ冒険者だったか。
街中で突然声をかけてきた人物に丁寧な口調でやり取りすることなんて考えられなかった。
こうして取引をする仲になり、自然と彼の方が結構な年上なので丁寧な口調で話ようになったんだ。
「6セットお願いしていいですか?」
「頼まれた。予算はこれくらいでいいかい?」
「大丈夫です。いや、8セットにしていただけますか?」
「分かった。すぐに準備するけど、しばらく街を散策して来るかい? それとも中で待つかな?」
「散策してきます。行こう、マリー」
「はい!」
宿を経営する商売人の端くれとして「相見積もり」くらいとった方がいいんじゃないかって思うかもしれない。
本来なら相見積もりを取ることは重要だと俺も考えている。
しかし、相手がグラシアーノとなれば話は別だ。彼は廃村が盛り上がることを応援してくれている。
これまでも何かと便宜を計ってくれて俺でも分かるほど安く仕入れさせてもらっていた。悪いな、と思い経営が起動に乗ってきた今は少しばかり上乗せして商品代を渡すこともあったりするくらい。
なので、彼が「卸値」でと言ってくれたので他に見積を取る必要なんてない。それほど俺は彼を信用し信頼している。
相見積もりを取るのは初めての相手とか、自分が舐められないようにするために色んなところで見積を取って来る。
日本と商習慣がかなり違うので、思いっきりぼったくられることも普通にあるんだよ。なので、相見積もりを取ることは商売をする上で必須とも言える。
グラシアーノ以外だったらいくらずぼらな俺だって相見積もりを取ると思う。
「マリー、どこか行きたいところはある?」
「いえ、特には」
と言ったところで彼女のお腹が盛大に悲鳴をあげた。
真っ赤になる彼女に対し笑顔で「俺もさっきから」と腹を押さえる。
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