第88話 レストランへ

 意識していなかったけど、こうして街中をブラブラしていると色んなレストランがあるんだな。

 日本食を提供する俺の民宿は他にはない珍しさがあると自負しているが、キルハイムもなかなかどうしてユニークな店が多い。

 ユニークだから流行っているというわけじゃないのが難しいところだよな。

 正直なところ日本食を提供することは提供する側の俺が満足するためだった。前世の記憶を持つ俺としてはやはり日本食が恋しくなる時があるんだよ。

 何か疲れた時に一杯のお茶漬けを食べたい、味噌汁が飲みたい、そんな気持ちになったことないかな?

 特に外国から日本の空港に到着して、自宅の扉を開けてこたつに座りホッと一息ついた時とか。

 この世界の人の口に日本食が合うかどうかは分からない状況で日本食の再現を目指した。まるで受けなかった時には無難な料理を出そうと考えていたんだ。

 当初、民宿のキラーコンテンツは「回復すること」だったから、冒険者をターゲットにしたわけだし宿としてはそれだけで成り立つ目論見だったんだよね。

 ところがどっこい、予想外に日本食の再現が受けて今では「回復すること」以上に料理目的のお客さんが増えてきている気がする。

 いずれにしても繁盛していることは喜ばしい。

 もちろんこれだけが民宿繁盛の要因ではないことは重々承知している。

 マリーという従業員がいてくれたこと。小人族が掃除をしてくれたこと。すみよんやスフィアら隣人が何かと手伝ってくれたことなど枚挙にいとまがない。

 猫たちだって活躍してくれているんだぞ。

 彼らは小人族の手伝いや民宿内の害虫駆除に役だってくれている。

 みんながみんなできることをそれぞれ頑張ってくれた結果、今の民宿があるのだ。感謝してもしきれない。


「どうされましたか?」

「あ、いや。その店とかどうかな?」


 民宿のことに考えを巡らせていた結果、自然と目線がいつも頑張ってくれているマリーに向いていたようだった。

 彼女は時折耳をペタンとさせながら露店が立ち並ぶ大通りに目を輝かせていたが、俺の視線に気が付き首だけをこちらに向ける。

 ちょうど、露店の切れ目のところにレストランがあったので誤魔化すように指をさす。

 そこは船の錨が扉に取り付けられていて、窓が丸く拘りのありそうな店だった。


「へえ。何だか面白そうな店だな。ずっと街に住んでいたってのに知らなかったよ」

「わたしもこの辺りは殆ど着たことがありません。レストラン巡りは良くしていたのですがこの辺は縄張りが強くて……」

 

 みなまで言わなくても分かるから、途中から過去の境遇に話がさしかかりずううんとうつむいてしまうマリー。

 彼女の街での生活は悲惨なものだった。食うに困っていながらも猫たちに餌を与える献身ぶり。

 食べるものに困り、レストラン巡りをするとなると答えは一つである。

 俺もこの先は想像しないでおこう。

 「ほら、行こう」と彼女の背中にそっと手を添え、少しばかり前に押し出す。

 すると、彼女ははっと顔をあげ「はい!」と元気よく返事をしてくれた。

 さあて、店はどんな感じになっているのかな。

 

 分厚い木の扉を開いたら、陽気な音色が耳に届く。音楽が流れるお店とはこれまた珍しい。

 この世界で音楽を流す機械を未だ見たことがなかった。ひょっとしたら魔道具で録音して再生する装置があるのかもしれないけど、少なくとも一般に普及しているものではない……と思う。

 音楽が流れる店内だが、生演奏だとすぐに分かる。

 

「素敵な音楽ですね! それと、お店の中も調度品に拘りがあって、風を受ける布? なんでしょうか」

「あれは帆を模したものだと思う。マリーは海や湖に浮かぶ船を見たことがある?」

「いえ、わたしはキルハイムから出たことがなかったので見たことが無いです。船の中のような店内なのでしょうか」

「うん。この店は外洋に出る船を模してデザインされている。大きな樽があるだろ、あれに水を入れて飲み水にしたり、とか」

「そうなのですね! 大きな船を見たことが無かったので、このような感じなのですか」

「また近く見に行こう。海は少し遠いんだけど、キルハイムから南の方角に行けば港街があるんだよ」

「行ってみたいです! 海も見てみたいです」


 ほくほくと嬉しそうな顔をするマリーは先ほどの沈んだ顔などどこへやらとなっていた。

 すぐに店内に入ってよかったよ。彼女の気持ちが切り替わって。

 偉そうに港街とか船とか彼女に言ったけど、一回だけしか行ったことが無い。

 あの時は感動した。大型船と海をみてはしゃいでしまってさ。当時一回限り組んだパーティメンバーに白い目で見られた苦い記憶がおまけでついて来たのが玉に瑕ってやつだ。

 

 せっかく音楽が流れているので奥の席にしようかな。

 入口からだと奏者が見えないんだよね、音楽を奏でる姿を見ながら食事をする。なんて優雅で贅沢なんだ。

 もし食事が外れでも来た甲斐がある。


「ほほお」

「見たことのないもふもふさんです」


 奥には演奏するステージ的なものはなく、一般客が座る席に腰かけ小型のハープを演奏する長髪の男と彼の傍でうつ伏せになり目を閉じる銀色の毛並みをした狼。

 彼が連れていたのは狼と言ったが犬型のモンスターである。馬くらいの大きさで顔が小さく足が長い。足元はふさふさが膨らんでおり、精悍な顔つきをしていた。

 犬の犬種にたとえるならホルゾイに近いかも。気品のある佇まいをした犬型モンスターといった感じをしている。

 目を閉じている姿を見るに、左右だけじゃなく真ん中にも目がありそう。三つ目のモンスターは一度だけ見たことがあるけど、三つ目の目は視力を持たない場合もあると酒場で冒険者が得意気に話をしていたのを聞いたことがある。

 この犬型モンスターはどうなのか分からないけどね。

 席に座り、静かな旋律に聞きほれていたら金髪でおさげの店員がメニューを持ってやって来た。

 

「いらっしゃいませー。この中からお選びください」

「素敵な演奏ですね」

「旅の楽師さんの演奏、とても素敵ですよね! たまにこうしていらっしゃってくださるんです」

「そうなんですか。俺たちもたまにキルハイムを訪れる程度ですので、こうして音楽が聞けるなんて幸運だったんですね」

「是非、ごゆっくり聞いていってください。後ほどお伺いします」


 ペコリと頭を下げて立ち去ろうとする店員を呼び止める。

 俺たちの腹は決っているのだ。確認するようにマリーと顔を見合わせ頷き合った。

 

「オススメ二つください!」


 マリーが元気よく注文を行う。

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