第86話 街までお散歩

 やはりカブトムシは速い。冒険者時代に拠点にしていたキルハイムの街までものの二時間くらいか?

 俺にとってもマリーにとってもキルハイムの街は慣れ親しんだところでもある。俺が生まれた地もこの街だ。

 マリーはどうなのかな?

 少し迷ったがこのままカブトムシに乗って街中に入る。珍しい騎乗生物と聞いていたから変な注目を集めるかも、何て懸念したけど杞憂だった。

 テイマーが色んな生物を連れているから街の人にとっては馬以外の生物となるとそんなもんだ、という認識なのかもしれない。

 実際、自分が街中を歩いていた時のことを思い出してみると変な生物がいるなあ、程度にしか思ってなかった。

 それでも自分が変わった生物を連れていたら気になっちゃうものなんだよ。

 ほら、普段財布に5000円を入れていたとしよう。たまたま引き出しして5万円を入れて電車に乗ると何だかソワソワしないかな?

 そんなソワソワする気持ちが俺にあったのかも。ずっと街で暮らしていて変わった生物を見てるんだから、杞憂だってすぐに分かるものなのにね。

 人間ってのは不思議なものだ。単に俺が小心者なだけかもしれない。

 

「あれ、冒険者ギルドじゃないんですね。どこに向かっておられるんですか?」

「グラシアーノのところに行くのが手っ取り早いんじゃないかってさ。馬用だけど厩舎もあったはずだし」


 グラシアーノは中々やり手の商人で確か彼のところには厩舎もあったはず。自宅か商会かどっちなのか記憶が曖昧ではあるけど……。

 商会って聞きなれない言葉かもしれない。現代日本風に言うと会社のことなんだ。

 他にも冒険者ギルドのようなギルドと呼ばれる組織もある。

 キルハイム道具店という個人店と商会の違いが何なのかと問われると、商会は必ずしも店舗を持っていないってことかな。

 個人店は店ありきで店で何かを販売することを生業としている。他に行商人と言われる人たちもいて、彼らは街から村を渡り歩き仕入れと販売を繰り返す。

 言わば移動式の店舗で仕入れと販売を同時にこなし、その差額で生計を立てている。

 商会はこのどちらもやる時もあれば、やらない時もあって、もっと広い範囲の業務を行っているんだ。

 店での販売、行商、卸売り、他には冒険者ギルドと連携して隊商の護衛を斡旋したりなんてことも。

 もちろん、商会と名乗っているところがこれら全ての業務を行っているわけではない。

 グラシアーノのところは主に行商だな。キルハイムの街で仕入れたものを色んな所で販売している。行商人と異なり、拠点となるのはキルハイムのみというところが違いと言えよう。

 他にも少しばかり卸売りもしてるって言ってた。


「なるほど! 確かに、ですね!」

「だろ。彼なら色んな魔道具屋を知っているだろうし、俺が懇意にしている店があったりすればそっちに行ったけど」

「わたしも……です」

「そこは落ち込むところじゃないって、俺も同じだもの。それに俺たちにはグラシアーノという頼りになる友人がいるじゃないか」

「はい! エリックさんはいつも優しいです……」


 ポスンとマリーが俺の背中に顔をうずめる。背中から伝わる感触的に頬かな……と言いたいところだけど革鎧を着ているので全く感触が伝わってこない。

 一応外に出るわけだし、危険がないとは言い切れないだろ? もしもの時は戦う場面も出てくるかもしれないからね。

 ちゃんと弓と片手剣にダガーも持っているんだぜ。カブトムシストレージの中には予備の矢まで置いてある。

 と言っても、カブトムシのスピードで振り切れない動物やモンスターなんて滅多にいないと思う。馬でさえ追いつくことができるモンスターはほぼいなかった。

 例外は空から急襲された時くらいだな。その場合は俺が弓で仕留めることもできる。

 まあ、鷹より一回りくらい大きな飛行生物でさえ稀だ。俺たちを好んで襲ってくる空のモンスターに出会うことはまずない。

 有名どころでは飛竜がいるけど……飛竜の場合は図体がでかいので狭いところに逃げ込めば凌ぐことができる。

 

「それにしても、久しぶりにキルハイムに来た感覚だったけど、街並みって全然変わってないんだな」

「わたしには全然違って見えますよ! わたしにとって街は辛いものでしたが今は違います」


 ゆっくりとカブトムシを歩かせながら、街を歩く人たち、露店の様子を見ていても昔の記憶のままだ。

 数年ぶりというわけでもないので、変わっていないと言えば当然なんだけど、廃村で暮らしていたからか久しぶりって感覚でさ。

 見えないけどマリーも左右を見渡し、彼女なりに思うところがあるようだ。

 彼女は猫と暮らしていたけど、ギリギリの暮らしだったと聞いている。俺は役に立たない冒険者であったが、食うに困るまでには至ってなかった。


「マリーがどれほど辛い暮らしをしていたのか俺には推し量れないけど、言わんとしていることは分かるよ」

「そんな、無理に共感してくださらなくても……」

「いや、冒険者時代には不遇でさ。自分の能力の低さが原因なんだけど、どうしても「あいつが悪い」と人のせいにしてしまおうとして、それで余計にささくれ立って」

「まさか、そんな」

「でもさ、今は違う。冒険者と接していても後ろ暗い気持ちになることもないし、ほらゴンザやライザたちとも出かけたことがあっただろ。以前と違って楽しくてさ。立場が変わるとこれほど変わるんだって。マリーの街に対する印象もそんなところなのかなと思ったんだよ」

「確かに、似ています」


 しんみりとしてしまったところでカブトムシを止め、右へ顔を向ける。

 さっきから香ばしい匂いがしていて、どこかなと思ったらここだった。

 露店で肉を焼いているようで、ソースが鉄板で肉と交じり焦げる匂いだった様子。

 空気を変えるためにも肉を買って食べようかと思ったが、ロープのことを忘れていた。

 廃村を出てからここまでずっと腰に巻いたロープはそのままだ。

 このままカブトムシから降りると彼女を背負ったままになってしまう。それは……俺はいいけど彼女は恥ずかしいよな。


「この香りに止まったんですか?」

「うん、そろそろ腹も減ってきていたから、でも、もう少し我慢して先にグラシアーノのところへ行こう」

「エリックさん、それでしたら後ろを右の道の方が近いです」

「マジか。行き過ぎていたんだな」


 カブトムシがカサカサと方向転換し、大通りから細い路地へ入る。

 細いと言ってもカブトムシが通っても、人とすれ違うに全く困らないくらいの道幅があるから問題ない。


※たくさんのコメントありがとうございました!! 返信が滞っておりすいませんです。

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