第39話 集中。祈り。念じろ。

「一体今度は何にやられたんだ」

「分からない……必死で逃げて来たの……」

「そ、そうか。無事逃げることが出来てよかったな」

「う、うん。もう二度と東の渓谷には踏み込まないって誓ったよ……」

「正気か。東の渓谷に行くなんて」

「行くつもりはなかったの。近くでモンスターを狩っていてあと一歩のところまで追い詰めて、それで」

「そういうことか。近くに行くのもやめたほうがいいんじゃないか」

「うん。そうする……」


 力なくうなだれるアリサは耳まで元気がなくなった。

 部屋はいっぱいと伝えたものの、彼女以外の三人はリーダーを見守っているのかまだ降りて来ていない。

 雑魚寝かつ寿司詰状態でよければリーダー以外の全員が部屋に入っても問題ないと言えば問題ないのだけど、宿としてはどうなんだろうか。

 リーダーともう一人なら二人ともベッドで休むことができるけど、彼以外の全員がリーダーを案じ傍にいたいと申し出るならそれはそれでいいか。

 もちろん、料金をいただくのは二人分だ。

 一応俺は宿泊できるのは二人と伝えた。それでいい。

 ルールを必ず順守しなきゃ泊めないって宿でもないし、二人までと決めているのは快適に部屋で過ごしてもらうためである。

 人によって快適の基準が違うのだし、彼らにとって全員で見守ることが良いのなら止めはしないよ。

 

「上に残っている仲間たちも呼んできてもらえないか? おいしいご飯を食べるんだろ? それに温泉も」

「う、うん……」


 よろよろと立ち上がり、階段を登ろうとしたところでちょうど降りて来た彼女の仲間たち。

 全員ではないな。銀髪のイケメン以外の二人だけか。

 くるりと踵を返したアリサが目線だけを上下させる。


「グレイは後から来るって。誰か一人はリーダーについていたいの。ごめんね」

「いや。グレイの分は後から作るさ。メニューはこれだ。一部もう品切れもあるけど」

「お任せで軽いものでいいかな?」

「分かった。大学いもは無しでいいんだな?」

「……うん」


 お通夜のような雰囲気の中、どうするか悩む。

 余り食欲もなさそうだし、粥にしてみようか。いや、それじゃあ病人や二日酔い客相手みたいだよな。

 お。そうだ。ゴンザらも部屋に行ったので残った客は彼らだけだになる。

 俺とマリーの夕食も兼ねて作っちゃおう。

 器にご飯を盛り、炊いた米を潰して揚げたものを小さく砕いてパラパラと。

 梅干しがあればよかったのだけど、生憎梅が無い。

 ので、魚の身をほぐしたものとほうれん草を少々。さっぱりさせるためにショウガも乗せる。

 最後は昆布の粉を振りかけて、お湯を入れれば完成だ。

 月見草版「お茶漬け」である。お茶じゃないけどね。

 後は残った食材を適当に焼くなりして持って行こう。

 

「お待たせ。あったまるぞ」

「いい匂いー」

「始めて見る料理だな」

「はい」


 アリサに続き、熊のような大男とエルフの女の子が顔を見合わせる。


「俺たちもご一緒していいかな?」

「もちろん! 遅い時間に作ってくれてありがとう!」


 椅子に腰かけつつマリーも呼ぶ。


「おいしい。こんな料理もあるんだね。白い粒々は味があまりしないのが、このスープと合わせるとおいしくなるんだね」

「これはうまい。オートミールのようなものかと思ってたが、全然違うな」


 ようやくアリサが笑顔を見せてくれた。無理やり作った感がありありだけど、それでも「おいしい」と言ってくれたことに少しでも元気になってくれたのかなとホッと胸を撫でおろす。

 大男も料理を気にいってくれたようだな。

 エルフの女の子は無言であるが、黙々と食べていることから気にいってくれてはいるようだ。

 マリー? 彼女はいつものようにこくこくと頷きながら「幸せー」となっているよ。周りに気をつかって声を出してはいないけど。

 

 一番早くお茶漬けをたいらげたエルフの女の子がスプーンを置き、真っ直ぐを見つめて来る。

 

「包帯と布団にかかっていたヒールは店主さんが?」

「うん。これでも元回復術師なんだ」

「そうだったんですね! これほど高位の回復術師様が宿を経営されていたなんて驚きです。今は魔力切れなのでしょうか……?」

「いや。魔力はほぼ全快だよ」

「でしたら……ディッシュさんにヒールをかけていただけませんか……? 私のヒールではディッシュさんの麻痺を解くことができず」


 なるほど。彼女は俺と同じ回復術師だったのか。なので、俺が布団や包帯、枕なんかにかけていたヒールを感じ取った。

 おそらく回復力の持続具合から元はとんでもない回復力があったのだろうと推測したわけか。

 だが、残念。

 

「俺のヒールは初心者回復術師並……いやそれ以下の回復力しかないんだ」

「え。いえ。ご謙遜を。布団にかけられたヒールは少なくとも半日は経過しています。それでもあれほどの回復力が残っているのです」

「それが俺の特性でさ。俺のヒールは時間が経過しても殆ど減衰しないんだ。だから、弱くても包帯を当て続けることでじわじわと回復させていける」

「そのような特性……聞いたことがありません!」

「信じられないよな。俺だってそうだった。今、ヒールを使ってみせるから、見てて」


 マリー以外の前でヒールを使うのは久しぶりだな。

 目を瞑り意識を集中させる。

 集中。祈り。念じろ。

 

「ヒール」

 

 向け先が無かったのでマリーの頭に手を乗せた。ごめん。マリー。

 俺のヒールを見たエルフの女の子が大きく目を見開く。


「ほ、本当に……それがあなたのヒールなのですか……」

「見た通りだよ。だから、冒険者を引退したんだよ」


 パクパクと口を開くも彼女から声が出てこないでいた。

 喘ぐように水を飲んだ彼女は大きく肩で息をしてようやく声が出る。

 

「私がこれまで出会った回復術師さんの中で一番衝撃を受けました。素晴らしいヒールですね!」

「そ、そうなのかなあ。その場で癒すことができればそれに越したことがないと思う」

「確かにおっしゃる通りですが、大僧正様やSランク冒険者ならともかく、店主さんの持続力をもってすればこと毒などの継続的にダメージを受けるものに対しては右に出る人がいません! 生憎修行の身ですので、店主さんの弟子になることができず口惜しいです」

「で、弟子なんて。君だってヒールを使うことができるんだろ? それなら俺に教えることなんて何もないさ」


 同じ回復術師から褒められるなんて露ほどにも考えたことがなかったから、嬉しさより驚きが勝った。

 一回のヒールで100回復するよりも、1を1000回繰り返した方が回復量で勝る。だけど、ある程度以上の回復力がないと千切れた腕はくっつかない。

 彼女の言う通り、パイロヒドラの毒みたいなものは継続的に回復することで毒が抜けるまで粘り、その後体を癒すことができたな。

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