第38話 忘れがちだが全快する宿なんだぜ

「俺のような中堅じゃ無理無理。冒険者は体が資本だろ。危なすぎる橋は渡るもんじゃねえな」

「そらそうだ。英雄になりたきゃ別だけど、おっさんが今更英雄を目指すなんてこともないからな」

「言うじゃねえか。その通りだ。ガハハハハ。おっさんは酒を飲むためにその日稼ぐことが出来りゃいいのさ。てなわけで酒だ。酒。新作の酒とかないのか?」

「あるある」


 清酒を出してやることにしようか。あとは適当にアテを持って行ってその間に食事を作ろう。


「うめえ! そうだ。エリック。アレは仕入れたのか?」

「アレって?」

「お前さん用で特別に準備したって酒を以前俺たちが飲んじまったことがあっただろ?」

「あ。ああ。芋焼酎か」

「そうそれ!」

「あるぜ。出来立てほやほやのやつがな。飲むか?」

「お! いいのか!」


 ゴンザが嬉々として叫ぶ。

 もう一方のスキンヘッドは彼のような反応をしなかった。

 

「俺はもうちっと弱い酒の方が好みだな。ビールでいいや」

「それなら、待ってろ。ザルマンに気にいってもらえるか分からないけど、一つ新作を持ってくる」

「エリック。その新作。俺にも頼むわ」

「全く……酒には目が無いな」


 目ざといゴンザは自分にも新作をと所望する。

 隣に酒造所が出来たからな。しかも熟成期間が必要ないときたものだ。

 材料さえあればすぐに補充することができるんだぜ。まさに夢の酒蔵が誕生したわけだ。

 ただし、製造主にアルコールが入っていないことが必須である。

 あの酔っ払い魔導士は酒さえ入ってなければ、超がいくつもつくほど優秀だ。

 飲むと信じられないくらいダメな子になっちゃうけどね。

 容姿も含め天は二物以上を与えてしまう、を地で行くチートっぷりなスフィアであるが、この先はもう言うまい。

 本人も自覚しているからさ。

 

「お待たせしました!」


 芋焼酎とにごり酒をゴンザ卓に置き、にこっと誰もが思わず目尻を下げるような笑顔を浮かべる。

 声も元気一杯ですっかり宿の看板娘になってくれたよな、としみじみしてしまった。

 ゴンザは芋焼酎をやりながら茄子の天ぷらをつつき、もう一方のザルマンは茄子の煮ひたしをほうばりにごり酒に口を付ける。

 二人とも今日は茄子の気分だったらしいが、味付けの好みが違う。

 それぞれで別のものを頼んで飲むのが彼らのスタイルのようだった。俺は同じ皿をつつく方が多いかなあ。

 そういや、最近、決まった料理を配膳することが無くなって来た。

 民宿の開店当初は食材が少なかったこともあり、夕食付以外は食事を提供していなかったんだ。

 それが、食材とメニューも充実してきたので、食事のみのお客さんも受け入れるようになった。その流れでゴンザらのように夕食付にせず、メニューから選んで食事をする人が出てきてさ。いつの間にか夕食付で宿泊する者が皆無になって来たんだよね。

 街の宿は食事を提供するところでも、レストランが併設しているというスタイルだ。

 宿泊費と食事代は別の方が受け入れやすかったのだと思う。夕食付の方が金銭的にはお得なのだけどね。

 俺としては忙しさが増すものの、売上が倍以上に膨れ上がるので歓迎である。

 そのうち夕食付の宿泊メニューを無くすかも。朝食は何故か好評でほぼ全ての宿泊客が夕食無しで朝食有りなのだ。

 聞くところによると、朝から飲み屋にはいかないだろ、とのことだった。

 分かったような分からなかったような……。

 俺が冒険者時代はどうだったかな。朝は自室で食べてから出かけていた気がする。

 

「店主さんー! 怪我人です!」


 微笑ましくマリーの接客を見ていたら悲痛な叫び声が耳に届く。

 お。おお。骨折程度の怪我人ならちょくちょく訪れていたが、声からして相当深刻な状態なのか?

 民宿「月見草」の一番の売りは「全快する」こと。

 料理やら和柄なんてことに力を注いでいたが、宿としての独自性と魅力を高めるためだった。

 この先いろんなものを追加したとしても、宿の一番の売りは変わることが無い。

 教会が宿を開いてヒールをするなら話が別だが、彼らは治療に対してお金を取るのでうちのような宿泊費じゃ済まないよな……。

 かかる治療費のことを想像しブルリと背中を震わせる。

 

 叫んだ犬耳の少女に続いて銀髪の髪を後ろで縛ったイケメンに担がれた犬頭の男。

 あれ、彼らどこかで見たような。

 続いて長い耳が特徴のエルフの女の子と熊のような大男が店内に入って来た。

 

「リーダーが! 動けなくなっちゃったの!」

「動けなく……? どういう状態なんだ?」

「麻痺……だと思う」

「麻痺ならそのうち動けるようになるんじゃ?」

「もう半日もこの状態なの。レイシャのヒールも効果が無くて」

「本職のヒーラーでも何ともならんとは……一体どこでどんな……いや、先に治療に入ろう」


 リーダーと呼ばれた犬頭の男を部屋まで運んでもらい、包帯を巻きつけ布団を被せる。

 治療といってもできうる限り体に俺のヒールのかかったアイテムを触れさせるだけ、なのだけどね。

 これ以上のことはできないし。麻痺している状態なら口から水を注ぎこむこともできないので、これ以上は何ともできない。

 後は治療効果が現れるのを祈るのみだ。

 

「すまん。リーダーともう一人は宿泊できるけど、生憎部屋がいっぱいなんだ」

「ううん。いつも野宿だし。おいしいごはんと温泉で大満足だよ! 大学いもは我慢……リーダーが元気になったら食べるの」

「大学いもで思い出したよ。たしかアリサだったか。そっちのイケメンはグレイ」

「あの時はありがとう! あたしもグレイも死にかけてて」

「こちらこそだよ。いっぱい食糧を提供してくれてありがとうな」


 どこかで見たことがあると思ったら、パイロヒドラの毒にやられて担ぎ込まれてきた冒険者パーティだったのだ。

 あの時とメンバーが違っているな。確か合同パーティとか言ってたっけ。

 俺が見たことがあるのは三人。ベッドに運んでもらった犬頭のリーダーとアリサにグレイだ。

 他の二人は彼らと普段からパーティを組んでいるのか今回限りなのかは分からない。詮索する気もないから真実を知ることもないだろう。

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