第153話 アレで行きます
相も変わらず月見草の主要客は冒険者のままなのだけど、レストラン業務と宿泊業務であくせく働いているじゃないか。
おかげさまで連日部屋は満席、泊まれなかった人たちは夜営してレストランで飲み食いしてくれている。
部屋数を増やそうと思えばすぐにでも増やすことはできるのだが、今すぐどうこうするつもりはない。
ジョエルの宿泊している家屋を彼らが街へ帰った後に使うつもりではいる。
金銭収入も安定してきたし、従業員を増やすことを検討する時期に来ているよな……。
そうそう、マリーには少しだけどやっと給与を渡すことができるようになったんだ。
給与は少しだけど、福利厚生として住居、食事、電気ガス光熱費などなど全て会社からの支給なので許して……。
う、うーん、マリーには毎月お小遣いを渡している感覚だな。
謎の前置きになってしまったが、かつお節ならぬスピパ節を作ってから二日が経過した。
「準備はできたか?」
「エリックくーん、アレもやっぱり連れて行くんだよね?」
いそいそと革鎧を着ていたらノックもなく、髭もじゃのゴンザとお気楽娘テレーズの二人がズカズカと部屋に入って来る。
「そういや廃村って元々炭鉱で栄えた村だったんだな、と思い出していたんだよ」
「あははー。最近はすっかり宿屋の人だもんね」
口を手で押さえて笑うテレーズだったが、ツボに入ったらしくむせていた。
そうなんだよね。謎の前置きで振り返っていたのは、炭鉱のことなどすっかり忘れていたからだ。
元々廃村で宿屋の営業を始めた理由の一つに炭鉱跡にダンジョンがあることが挙げられる。
更に温泉も出るとあって廃村に決めたのだ。
「今は宿屋の人だけど、元冒険者だし探検は好きなんだぞ」
「おう、分かったから、早く行くぞ。ザルマンとライザはカブトンだったか? あの巨大な虫を眺めている」
「やっぱりアレを連れて行くのお?」
「諦めろ、テレーズ」といい笑顔で彼女の背中をポンと叩いてやった。
青カブトムシを連れて行かない理由がないだろ。昨日だってコンテナに肉を満載して帰ってきたんだぞ。
肉を満載にできたのはすみよんの活躍あってのことである。いやあ、すみよんセンサーはマジ凄まじいね。
俺だって狩をしていたから、自分で獲物を発見することはできる。
なんかもう自分で頑張るのが馬鹿らしくなってくるくらいすみよんが規格外過ぎてさ。完全に頼ってしまった。
ちなみにお礼はブドウである。
そうそう、何だか突然騒がしくなったのは、昨日に彼ら四人が揃って泊まりに来てくれたんだよね。
ライザ・テレーズ組とゴンザ・ザルマン組は事前に打ち合わせていたわけじゃなく、たまたま一緒になっただけと言っていた。
そんで、せっかく揃ったのでエロスライムで中断したこの前の冒険の続きをやろうじゃないか、となり本日を迎えたのだ。
「テレーズとライザは宿で休んでくれていてもいいんだぞ」
出かける前にカブトムシを布で拭きつつ、じっとカブトムシに目が釘付けのライザと彼女の後ろに隠れて「腕にブツブツが」と言っているテレーズへ改めて尋ねる。
「何度目だ。別に構わない。怪我をするわけではないのだからな」
「はいはいー。私も大丈夫でーす!」
ま、まあ二人がいいと言うのなら良いかもう。
炭鉱ダンジョンにはご存知エロスライムがいる。エロスライムは女性の服だけを溶かしてしまう。
なので、何度目かになるが彼女らにわざわざエロスライムがいるところに行ってもよいのかって聞いていた。
いっそライザ・テレーズ組と別れて行動した方が、とも思ったけど、せっかく四人で集まって冒険するわけだし。
行き先を変えても良かったのだけど、彼女らから「前の続き」と提案してきたんだよね。
「一応コンテナに予備の下着を入れている。宿の備品にしようと思ってたんだけど、コストの問題からワンサイズしか準備できなくて没になったんだよ」
「着物と違って下着はサイズがあってないとねえー」
「そうだなあ。苦肉の策だけど、パンツと帯にした。もし下着を溶かされたら一時的なものだと思って、しばらく我慢して欲しい」
「帯で全然もんだいないよー。ねね、エリックくん、帯の前はブラだったの?」
「ま、まあそうだけど」
「そっかー。私だったら入るとか思ったでしょー!」
「ちょ、ま、そんなこと一言も言ってないだろ!」
「だってえ。エリックくんところで参考にするならマリーちゃんでしょ」
「……何故分かった!」
「分からない人はいないと思うよ……」
テレーズに何故か呆れられた。
いかに抜けたところの多い俺とはいえ、さすがに気がつくって。
ジョエルたちと北の湖へ行った時にマリーとスフィアの水着のことがあっただろ。
ほら、スフィアのサイズがうんぬんというものだよ。
実際に目の当たりにしたところだから、すぐに気が付く。は、はははは。俺だって成長するのだ。
一度、ブラジャーを作ろうとしたことはご愛敬である。
何だか気まずい空気が流れてしまったので、軽い調子で首を振りおどけた様子で彼女へ言葉を返す。
「下着なんだけど、着物と同じ絹……ぽいものでできているんだぜ」
「ほんと!? だったら、今着替えてもいいかな」
「こ、こら、ここで脱ぐなよ」
「ご、ごめーん。ここにはゴンザとザルマンもいたんだったー」
ぺろっと舌を出すテレーズ。
おとぼけぶりは相変わらずだなあ。ゴンザとザルマンはまるで気にした様子はなく……って聞こえてないなこれは。
何やらカブトムシの脚の作りについて二人だけの世界を作っている。
カブトムシの脚は正直気持ち悪いんだけど……。あと、カサカサ動くのも怖気が走る。
もう慣れてしまったけどね!
「まあ着替えてきてくれ。その間にこいつを磨いておくよ」
「俺も手伝うわ」
「俺も」
「手が足りないのだよな。私も手伝おうではないか」
テレーズを待っている間、四人でカブトムシの洗車をするのはシュールだな……。
カブトムシ好きの三人に任してしまってもよかったかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます