第154話 服は……溶けない!

「きゃあ」


 お約束と言うかテレーズにエロスライムが襲いかかった。

 ライザは後方警戒のため無事である。

 テレーズとて熟練のスカウトで、どのような小さな物音であっても見逃さない。

 良くこんな物音に気が付いたなと感心することがこの場所に来るまでにもあった。

 そんな鋭敏な聴覚と視覚と経験まで加わった彼女の感知をくぐり抜ける対象など通常存在しない。

 しかし、彼女の警戒もむなしく張り付かれるまでエロスライムに気が付くことはなかった。

 事前にアレを発見する手段ってあるんだろうか?


「テレーズ、少しだけ我慢していてくれ。エロスライムを仕留める」

「私がやろう」

「いや、ライザがやったら二次被害になるってこの前も」

「そうだった」


 などとライザとやり取りしている間にテレーズが自分でエロスライムにナイフを突き立て仕留めていた。

 お。おいい。

 そのまま投げ捨てるとか辞めてくれ。

 エロスライムの体液ことスライムゼリーは有用だ。

 慌ててエロスライムの体液を集める俺を「やれやれ」とゴンザが手伝ってくれた。


「ね、ねね」

「テレーズ、ジャイアントビートルの右のコンテナの中に下着がある」

「要らなかったんだよー」

「ん? 下着は着た方がいいんじゃ」

「えっちー。下着は無いと困るよ」

「ん」

「こっち来て。マリーちゃんには内緒だよ」

 

 なんだよ。ここはダンジョンの中だってのに緊張感が……って俺が言うなって話だな。

 この場は普段二人組のゴンザ・ザルマンだけでも必要十分である。彼らに加えライザもいるんだもの。

 少しの間ならテレーズと俺が別のことをしていても大丈夫なはず。

 テレーズに腕を引かれ、カブトムシで隠れる位置まで連れてこられる。


「一体何なんだ」

「うー、いざとなるとさすがの私でも恥ずかしい。エリックくんがめくって」

「待て待て、何を言ってるんだよ」

「ううう。これじゃただの痴女じゃない」

「いや、もう察したからいい」

「分かっちゃった? 下着は何故か溶けなかったのだ」

「いやでも、スカートも、あ、そうか。スカートは革にしたのか」

「対策はバッチリなのさ。だけど、下着だけはどうにもならないでしょー」


 スカートが革だったとは、意識してなかったからまるで見てなかったぞ。

 ライザはいつもの金属鎧だから、中が見えることはない。

 ん、革スカートなら見りゃ溶けてないことが分かる。んじゃ、何でテレーズと密会のようなことをしているんだ。

 え?

 

「下着。溶けてないの?」

「さっきからそう言ってるじゃないのよー」

「そうだった、そうだった。エリックくん、ちょっと忘れてた」

「可愛く言ったつもりかもしれないけど、可愛くないからね」


 そらごもっとも。


「念のため確認だけど、テレーズがはいているパンツは宿で準備したものだよな」

「うん。出る前に着替えたの見てたじゃない」

「誤解を招く言い方をするんじゃない……」

「絹製品なんだよね?」

「絹に似ているけど違う」


 あ、ああ。納得した。

 考えてみれば、まあ、溶けなくても不思議じゃない。

 

「パンツは消えない!」

「ちょ、ちょっと一体どうしちゃったの? ついに忙しさでやられちゃった?」

「すまん、言ってみたかっただけ。実はこの絹製品に見える糸なのだが、頂いたもので特殊な素材だったようだ」

「そうだったんだあ。とても高価そうだけど……私は魔法の心得がないから糸の良さが分からないなあ」


 さすがにどこからもらった、まで口を滑らせるほどの俺ではなかった。

 ネジが緩んでいるかも、ってところには多少同意するところはあるけどね……。

 抜けてることが多いし。革のスカートのことだって彼女が出かける前に見えていたのに見てなかったもの。

 まるで絹そのものだったので絹として着物や下着に使っていたので、すっかり絹に似た別物ってことが頭から抜けていたよ。

 覚えているだろうか? この絹っぽいものの出所を。

 そう、絹っぽい糸はアリアドネから頂いたものである。

 彼女は友好的に接してきたとしても脆弱な人間では威圧感に押しつぶされそうになるほど。

 そんな規格外な彼女の糸がエロスライムに溶かされるわけはないのだ。


「あ、そうだ。エリックくん」

「ん?」

「宿の着物で冒険に来たらエッチなスライムも怖くない!」

「それ、いいかも」


 テレーズの意見にぽんと手を叩く。

 俺の様子を本気と見た彼女は「またまたあ」と手を振る。

 

「どうした? 何か問題があったのか?」


 俺たちが戻るのが遅かったため、心配したライザがカブトムシ越しに顔を出す。

 

「エリックくんが用意してくれた下着があったじゃない」

「確か出る前に着替えていたな」

「それがエッチなスライムにまとわりつかれても溶けなかったのさ」

「ほう。それは相当な品物に違いない」

「でね、エリックくんが宿にある着物を装備してくれば安全じゃないかって」

「溶けずとも布であることに変わりはない。ステルススライムは防げても、モンスターの爪や牙には鎧の方が適している」


 ライザとテレーズが「だよねえ」とかやっているが、俺はそうは思わないんだよね。

 二人は絹のような糸がアリアドネの糸だと知らないので無理はない。

 彼女らに出所を喋ってしまって、彼女らがアリアドネに目をつけられる事態は避けたいのだ。

 俺の場合はたまたますみよんがいたからこそどうにかなったが、彼女らの場合もすみよんが何とかしてくれるとは限らないものな。

 君子危うきに近寄らずだ。

 この場は「そうだよな、ははは」と笑って誤魔化し、冒険を続けることにしたのだった。

 帰ったら刃物で着物を切りつけてみようかな……なんて考えながら。

 

「この先には行ったことねえな」

「私たちもだ」


 エロスライムポイントから少し進んだところで左右に道が分かれていた。

 どうやら四人ともこの先に行ったことがないらしい。


「テレーズ、どちらに進むかは任せてもいいかな?」

「分かったー。どっちもモンスターの気配はしないかなあ。行くなら左がいいかも」

「よっし、じゃあ左で」

「一応、右についても説明しておくねえ。右は上に傾斜しているよ。たぶん地上に出ちゃう」

「なるほど」


 そんなこんなで分かれ道を左に進む。

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