第170話 ヨブ、ノル

「ヨブ」


 そう宣言したイッカハが空を見上げた。

 ヨブって呼ぶってこと?


「お、おお」


 イッカハの額から伸びた角がぼんやりと輝きを放つ。昼間でもはっきり分かるほどに。

 眩しいと思っていたら今度は物凄い咆哮に思わず耳を塞ぐ。

 グギャアアア! グギャアアアア!

 

「な、なにごと……」

「キタ」


 イッカハが俺の手を取り上に掲げる。

 彼女の動作に自然と俺の顔も空へ向く。すると、そこにはアイスブルーカラーの爬虫類が二匹も空を舞っていたのだ。

 あれは飛竜だな。ドラゴンに比べると華奢な体躯をしており、長い尻尾の先にトゲトゲのモールのようなものがくっついている。

 前肢はドラゴンよりは長いが四つ足動物に比べると短い。翼竜のような翼に鋭い牙と爪。

 ドラゴンも飛翔するが、飛竜ほどの飛翔能力はない。追いかけられると中々振り切れないんだよな、飛竜。

 ドラゴンと違ってブレスを吐かない種類の方が多いのと、ドラゴンに比べて鱗が柔らかいのでモンスターランクは飛竜の方が低い。

 それでも十分危険なモンスターなのだけどね。

 俺? 俺が遭遇したら逃げの一手だ。横穴とかに逃げ込んだり、岩の下に潜り込んだりしたらまず逃げ切れる。


「見事な飛竜だろ。蜘蛛ではこうはいかない」

「蜘蛛にも飛ぶ種はいそうだけど……」


 飛竜を見上げ誇らしげなモウグ・ガー。

 蜘蛛と言われましても……どう答えていいものやら。口ごもっていると、彼が言葉を続けた。


「そうだったか。蜘蛛の巣は下へ下へ伸びると聞く。勘違いすまないな」

「いや、俺もよく分からない。でも、冒険者で空を飛ぶ機会なんてないよ」

「ん、冒険者? お前、人間や獣人のようなことを言う」

「お、俺、一応人間……」


 何が面白いのかモウグ・ガーが笑い、自らの爪を鳴らす。


「蜘蛛の眷属で人間か。そいつは珍しい。どうだ、いっそ竜の加護も受けてみるか」

「いや、ますますややこしいことになるだろ、それ」

「ダメ、ナノ……?」


 角が元に戻ったイッカハががっかりした顔で肩を落とす。


「本人の意思が大事だ」

「ミンナ、イヤ、イワナイ、カラ」


 竜やドラゴンって言葉にときめかない男の子は少ないと思う。

 少ないだけでいないわけではないのだ。

 俺はどうかというと、子供の頃は竜やドラゴンって言葉にワクワクしたさ。だって、いかにもファンタジー世界ぽいだろ。

 しかし、冒険者になって考えは一変する。日本の言葉にもあるだろう。君子危うきにってのが。

 最強とか言われるものに近寄るべきではない。身の丈以上の力ってのは扱いきれないものである。

 人間、足ることを知るのが一番さ。

 蜘蛛の加護を受けておいて今更どの口が、って思うかもしれない。蜘蛛の加護は不可抗力……コーヒーキノコはおいしい。

 今のところ、自分から進んで加護を受けようとは思わないんだよな。

 

 二匹の飛竜が着地し、ぶわっと風で髪の毛が煽られる。

  

「エリック、ノル」


 気を取り直したらしいイッカハが俺の手を引く。


「ジャイアントビートルがいるからさ」

「問題ない。そのための二匹だ」


 モウグ・ガーもジャイアントビートルほどではないけど、体が大きい。

 彼とイッカハの二人を乗せることができるのなら、ジャイアントビートルが乗っても平気そうだ。

 俺とイッカハ、ジャイアントビートルにすみよんがまとめて飛竜に乗り、もう一匹の飛竜にはモウグ・ガーが乗ることになった。

 

 ◇◇◇

 

「うおおお、高い! すげえええ!」

「リュウ、ヨイカ?」


 俺を支えるようにして飛竜の背に乗るイッカハがにんまりとして尋ねてくる。


「空を飛ぶってすごいよ!」

「カゴ、イル?」


 つい、「頼む」と言いそうになった。

 竜の加護を受けたら、飛竜を呼んで空を飛べちゃうのかな、なんて想像してしまうだろ。

 しかし、早とちりは良くない。竜の加護イコール飛竜に乗れる、ではないのだ。

 それにしても空からの景色が素敵過ぎて何度も感嘆の声が出る。

 廃村はどっちになるんだろう? 北の湖はここから見えるのかな?

 ぐるりと見渡しても緑、緑、緑と鮮やかな青い空で、廃村も北の湖も確認できなかった。

 ん? あれは?

 高い高い崖があり、見事な滝が崖から流れ落ちている。

 上空から見て初めて分かる。崖がぐるりと続いていて、崖の上には木々が生い茂っていた。

 前世、どこかでこのような地形のことを聞いたことがある。

 いや、某何とかペディアで何気なしに見た情報かも。

 山頂がなく平な地形になっていている山。山といっても急斜面で崖のようになっており、テーブルを乗せたような地形であることからテーブルマウンテンと呼ばれているのだったっけ。

 目の前に広がる崖と大地は俺の記憶の中にあるテーブルマウンテンの特徴と一致する。

 考察している間にも飛竜はテーブルマウンテンの上まで飛翔し、更に進む。

 

「テーブルマウンテンの上に村があるの?」

「テーブル?」

「あ、俺が勝手に呼んでいるだけなんだけど、まるで地面にテーブルでも置いたかのように崖から平な地形になっているからさ」

「テーブルマウンテン! イッカハ、キニイッタ。ソウ、ココニ、ナーガ、アル」


 おおお、テーブルマウンテンの上にナーガの村があるのか。

 それなら人間と交流することは今後もないだろうな。

 人間は空を飛べないし、飛竜を飼いならしてもいない。ひょっとしたら魔法で飛ぶことができる者もいるかもしれないが、いたとしても極々少数で村と村で行き来するにはほど遠いだろうから。

 

「ソロソロ、オリル」

「いよいよかあ」


 一体どんな村なんだろうか。

 今からワクワクが止まらないぞ。

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