第171話 お邪魔しまああす
降り立った場所は村の広場だった。もうちょっと目立たない場所に降りるとか選択肢があっただろうに……。
上空から見た村は村と表現するには住んでいる人の数が多い。村の広さはキルハイムの街の三分の一くらいで、住居の数から想像するに人口が半分くらいだろうか。
村というより街だな、これは。
そんなナーガの村の広場に降り立ったものだから、大注目を浴び……ってこともなかった。
上空から確認したところ、広場は数か所あり、この場所は村の中心地ってわけではない模様。飛竜用の広場になっているのかも。
飛竜が降り立ってもナーガの村の人たちにとっては日常らしく、「飛竜が来たぞお」と人が集まってくるわけでなく、その場にいた人がチラリと目を向ける程度だった。
それらの人もすぐに歩き始め、飛竜に注目するわけでもなかったのだ。
キルハイムの街に飛竜が降り立ったら大騒ぎになるだろうなあ……なんて思いながらイッカハに手を引かれ地面に降り立つ。
続いて、カブトムシもカサカサと続く。すみよんは……いたいた。いつの間にか俺の背中にしがみ付いていたらしい。
「どうする? オレが案内してもいいか?」
「モウグ・ガー、パスタ、アル?」
「うまいパスタを出す店がある。今の時間ならそう混んでもいないはずだ」
「ワカッタ」
イッカハとモウグ・ガーが何やら話し合っているが、俺は心ここにあらずな状態になっている。
初めてくるナーガの村に目を奪われていたからだ。
冒険者になってキルハイムの街以外に様々な村や街を巡った。生まれ育ったキルハイムの街は前世の記憶のある俺にとってまさにファンタジーって感じで感動したものだ。
もう一つ、目を奪われたのは港街かな。夕焼け空と海、そして街のコントラストは宝石のように美しくしばらく眺めていた。
蛇の眷属が住むナーガの村は王国のどの村や街とも作りが異なる。
何と言ったらいいのだろうか、オレンジと緑が多い。壁や石を敷かれた広場にオレンジ色の中に緑色で紋章が描かれているところがちらほらと。
逆の配色もあるが、紋章の形は同じ。
家自体も少し変わっていて、床を掘って地下に部屋を作っているような見た目をしている。
素材は木か石のどちらかで、この辺りはキルハイムとそう変わらないかな。
「すみよんは甘いのがいいでえす」
「キュウイならジャイアントビートルのコンテナにわんさか入ってるぞ」
「甘いでえす」
「だあああ、全部落ちてきたじゃないか」
すみよんがジャイアントビートルのコンテナを勢いよく開けると、中からキュウイがぽろぽろと落ちてきた。
自分で彼に進めたとはいえ、キュウイを詰め込み過ぎたな……。
イッカハとモウグ・ガーが「どんどん持って行け」とキュウイをどんどん渡してくれたんだよね。
これだけの量があってもレストランで出せば腐る前に全部提供できるだろう。部屋菓子としても使うことができるから、注文が少なかったとしても全部さばくことができる。
「行くぞ。エリック」
「あ、もうちょっとだけ待って」
キュウイをすみよんの口に突っ込みつつ、首だけモウグ・ガーの方へ向けお願いした。
◇◇◇
細い路地の先に古ぼけた階段があって、半地下になった入口には小さな看板がかかっている。
看板には何やら文字が書かれているものの残念ながら日本語ではなかった。
行きかう人々の声を聞いていたが、日本語とそれ以外の言語が入り混じっていたんだよな。
道中、モウグ・ガーに言葉について尋ねてみたところ公用語は最初に彼が俺に向けた言語なのだと言う。
日本語とそっくりな言語は竜族の間で使われている言語で、一定の話者はいるもののナーガの村の人全員が分かるわけではないんだって。
竜族はナーガの村でも比較的数の多い種族なので言葉が通じなければ、竜族を探せとのこと。
そうそう都合よく竜族が見つかるとは思えないんだが……。
「入るぞ」
一言断ってからモウグ・ガーが先陣を切る。
カランコロン。
子気味良い鐘の音が鳴り、奥から店主か店員の声が聞こえてきた。声からは男女の判別ができない。
残念ながら竜の言葉じゃなかったので、俺には何を言っているのか分からない。恐らく「いらっしゃい」とか言っているのだろう。
「×××」
「エリック、リュウノ、シカ、ワカラナイ」
「そうだったのか。いらっしゃい。うちは蜘蛛でも何でも歓迎だよ」
気さくに竜の言葉に切り替えて喋りかけてくれたのはリザードマンの女性だった。
リザードマンは鱗で覆われた人型の種族で、擬人化したワニといった見た目をしている。
冒険者時代に何度かリザードマンに会ったことがあるのだが、気さくな人より寡黙な人が多かった印象だ。
リザードマンの声には男女差があるけど、人間と声の高さが異なるのでリザードマンだと分かっていないと判別がつかない。
声より鱗の色の方が男女差があるので、見れば一発で性別は分かる。
男性は緑色系統で、女性は赤味がかった色をしているんだ。
しかし、やはりという何というか俺の第一印象は蜘蛛なんだな……。蛇の眷属にとっては人間であることよりも蜘蛛の加護の方が気になるらしい。
「竜のパスタを人数分頼む」
「あいよ。どこでも座って待ってておくれ」
リザードマンの女性は奥に引っ込み、慣れた様子でモウグ・ガーが席に案内してくれた。
彼はすぐに座らず、水差しと続いてコップを持ってテーブルに置く。
なるほど、セルフサービスで水を持ってくるんだな。
この店は水が料金に含まれているのか無料ってことか。キルハイムの街では注文しないと水が来ない店の方が多い。
日本じゃ無料で当たり前だったから、最初少し戸惑ったよ。
「オレたちだけだ。ゆっくり待てばいい」
椅子に座らぬままモウグ・ガーが水を注いでくれた。
彼の体型だと椅子が必要ないみたいだな。下半身が蛇だからね。
彼の言う通り、時間帯のためか俺たち以外の客はいない。
「飯時になると満席になるがな」
別に店のことを心配したわけじゃなかったのだけど、彼が捕捉してくれた。
竜のパスタってどんな料理なんだろう。
スパイスの効いた辛い料理であることは予想がつくが……いや、考えるのはやめて待った方が楽しいよな。うん。
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