第172話 すみよん、やりますか?

「お待ちどうさま」


 ラーメンの入っているようなお椀をトントンと置いて行くリザードマンの店員。

 立ち込める湯気からしてもう辛いと分かる。鼻が刺激されて自然と口内に唾液が溢れてきた。

 パスタと聞いていたがスープパスタの一種なのかな?

 ラーメンの器に並々とスープが入っていて、麺らしきものが見え隠れしている。

 具材はほうれん草ぽい緑とコーンらしき黄色の粒々。意外にも野菜だけで肉らしきものは見当たらなかった。

 これまで出会ったリザードマンはどの人も肉大好きだったから、肉が入っているものだと思ってたら案外ヘルシーな構成なのね。

 そして、スープ。

 見た目も真っ赤、匂いも刺激的、と食べる前から辛いことは確定している。

 スパイスのたっぷり効いたパスタを食べに来たのだから、期待通りではあるが……食べられる辛さなのか少し心配になってきた。

 

「ワタシモ、ソレ、ツカッテミタイ」

「これ? お箸? 予備はあるからどうぞ」


 フォークとスプーンはあったのだけど、ラーメンのような器だし箸を使おうとしたらイッカハから声がかかる。

 箸なら四膳あるから、そのまま彼女に譲渡しよう。気にいってくれたらそのまま使ってもらいたい。

 マリーやテレーズを見た感想だが、箸を扱うのはそれほど難しくないみたいで初めてでもすぐ普通に食事ができるまでになれる。

 イッカハが彼女らと同じとは限らないけど、極端に不器用ってことも無いと思う。

 フォークとスプーンを使っているわけだしさ。

 

「こう握って、そうそう、それで指を使って開いたり、閉じたり」

「コウ?」

「おお、そんな感じ」

「イタダキ、マス?」

「あ、それも聞いていたのね。食べる前に『いただきます』って言う習慣があってさ」


 箸の次は食べる前の「いただきます」についても説明することに。

 彼女は人間の道具や習慣に興味があるのかもしれない。

 キルハイムや王国と異なるのだけど、いいのかな。

 ……深く考えるのはよそう。目の前にある刺激が俺を呼んでいるからな!

 

「いただきまーす」

「イタダキ、マス」


 手を合わせるところまで真似したイッカハに微笑ましい気持ちになりつつも、真っ赤なスープに箸を入れる。

 麺はどうかな?

 お、おお。この独特の太麵かつ波打ったものは……刀削麺にそっくりだ。

 ズルル……。

 ほお、こいつは辛い!

 本場タンタンメン……いや、四川風削麺か。

 日本風のタンタンメンと異なり、キーンと入ってくる辛さだ。

 だけど、単純に辛いだけじゃない。刀削麺の太い麺が絡み辛さを整えてくれてもっちもちの歯ごたえがたまらない。

 辛みが整うと出汁の旨味も舌に残り、得も言われぬハーモニーを醸し出す。

 出汁は中華風ではないなこれ。

 鳥ガラと香草を煮込んだだけじゃなく、肉、野菜を加えて更に旨味を抽出したもの……コンソメに近い出汁だと思う。

 シンプルなスープに見えるが、実は贅と工夫が凝らされている至高の一品である。


「美味しい!」

「だろう。オレもこの店の竜のパスタが一番だと思ってる」

「褒めてもサービスはしないからね」


 舌鼓を打つモウグ・ガーの後ろから新しい大皿を置き、リザードマンの店員が釘を刺す。

 大皿に乗ったものは大きな肉の丸焼きだった。

 スパイスもふんだんにつかっており、これはこれで美味しそうだ。

 肉が出てきて少し安心する俺であった。

 

 ◇◇◇

 

 いやあ、おいしかった。満足満足、と腹をさすっていたら最初に降り立った広場まで案内され、あれよあれよという間に元のキュウイの木のところまで戻ってきた。

 帰りも空の旅を楽しむことができたし、言うことなしだ。

 ここまでのおもてなしをしてもらったのでそのまま何もってのは気が引ける。

 また料理を作りにここで待ち合わせしてお返ししようかな?

 

「ありがとう、楽しかった! そして、おいしかった!」

「キュウイ、甘かったでえす」


 お礼の言葉にすみよんが続く。彼なりに感謝を述べているっぽいけど、感謝には聞こえんぞ。

 イッカハとモウグ・ガーは特に気にした様子もないので良しである。


「エリック、オイシカッタ」

「うん、竜のパスタはとても美味しかったよ」

「チガウ、エリックノ、オイシカッタ」

「ああ、タンタンメンか。店でも出そうかなと思ってるよ」

「ミセ? エリック、レストラン?」

「うん、俺は宿を経営しているんだよ」


 あれ、俺、余計なことを言った?

 いやでも、宿を経営していることは事実だし、色んなお客さんに来て欲しいから隠すことなんてしていない。

 ジーっと俺を見上げてきているイッカハの気持ちはすぐに察することができた。

 いくら廃村でもイッカハの見た目で客として迎え入れることができるだろうか。彼女からお金を取るつもりはない。

 リザードマンの店でモウグ・ガーがご飯代を支払ってくれた時に彼らの使っている通過を見た。

 もちろん王国で使っているものと異なるものだったので、彼女が王国の貨幣をもっているわけがないからね。

 お礼をしたいところだったので、無料で宿に泊まってもらって食事を楽しんで……てのは構わないのだが……。

 

「ナーガの村に招待してくれたので、俺も廃村に招待したいところなんだけど」

「イイノ?」

「うちの客なら大丈夫とは思う」

「誘ってくれて申し訳ないが、イッカハはともかく、オレは行かない方がいい。オブシディアンは蜘蛛はともかくニンゲンからは敵対種族と見られているからな」


 言い辛いことを俺に代わって言ってくれたモウグ・ガーに心の中で感謝する。

 珍しく話を聞いていたのか、すみよんがトコトコと俺たちの間に入ってきて長い縞々の尻尾を上にあげた。


「見た目を変えればいいんじゃないですかあ」

「いやいや、変装してどうこうなる問題じゃないだろ」

「そうなんですかー? すみよん、やりますか?」

「え、できるの?」

 

 すみよんが何とかしてくれるらしい。本当に何でもありだな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る