第173話 ぞっと背筋が寒く
「誰にやるんですかあ」
「じゃ、じゃあ、すみよんに」
試すのはキミだ! と指名してみたらあっさりと受け入れるすみよんである。
「ワタシにですかあ。いいですよお」
長い尻尾をふりふりしてぼふんと彼が煙に包まれた。
ワクワクした気持ちで煙が晴れるのを待つ。
煙が晴れた。
そこにはワオキツネザルが変わらぬ姿で座っている。
変わってなくない? エフェクトは派手だったけど、見た所なんら変化がない。
煙に包まれる前と同じく、尻尾をフリフリし始めちゃった。
どうしたものかと首をひねっていると、イッカハが指をさし指摘する。
「アレ」
「あ、確かに変わってる!」
変わったのはすみよんの尻尾だった。
すみよんの尻尾は黒と白の縞々なのだが、真っ白になっていたのだ!
変化している、確かに変化しているけど、今回の目的を達成することはできない。
目的は竜族のイッカハとオブシディアンのモウグ・ガーの見た目をキルハイムの街……までとはいかないまでも廃村のレストランで目立たないようにできないかってこと。
「じゃあ、次は誰にしますかー。エリックさーんにします?」
「いや、俺は必要ない」
「イッカハ、オネガイ」
イッカハの優しさが胸にしみる。
僅かなカラーリングの変化だと何ともならないのだが、すみよんを気遣って率先して手をあげてくれたのだ。
「オレも頼む」
彼女に僅かに遅れモウグ・ガーも立候補した。
「分かりましたー。そおおい」
ぼわんとイッカハとモウグ・ガーが煙に包まれる。
先に煙が晴れたのはイッカハの方だった。
お、これはいいかもしれない。
彼女の容姿を再度整理してみよう。頭から角が二本、膝から下が鱗で覆われており素足である。
膝から下の鱗だけならブーツで誤魔化せるだろうけど、彼女の足はドラゴンの足のようになっているんだよね。
つまり、ブーツを履くことができない。
それがだ。すみよんの変化の魔法で彼女の膝から下が人間の足のように変化した。角はそのままだけど、角の生えた種族はいるし問題なさそう。
「お、おお」
モウグ・ガーの方はより変化が大きい。
頭はそのままなのだが、首から下がリザードマンのように変化している。
リザードマンなら冒険者時代に会ったことがあるので、珍しいものの特段問題ない。
「こいつはすごいな。感覚まで違う」
「それって?」
体の様子を確かめるように右、左と足をあげて地面を踏みしめるモウグ・ガー。
「脚だ。二本の足をちゃんと動かすことができるのだ。それも、二本の足として」
「なるほど。もし俺に翼が生えたら空を飛べるみたいな感じかな」
「そんなところだ」
「イッカハも」
イッカハの方は地面にペタン座り、足の指先を細かく動かしていた。
ドラゴンの足と指の数も長さも違うものな。それでも変化してすぐに自由に動かせるとは高性能な変化魔法だ。
尻尾の色が変わっただけの時はどうしたものかと思ったが、さすが規格外のすみよんである。
「すみよん、変化の魔法ってどれくらいの効果時間があるの?」
「もとに戻りたい時に戻せますよお」
「すげえ……」
「すみよんですからあ。褒めるのならリンゴください」
「キュウイでもいい?」
「甘いでえす」
ずっとキュウイばかり食べているけど、飽きないのだろうか。
すみよんが満足してくれるならそれでいいか。
「イッカハ、良ければモウグ・ガーも俺の店に来てもらえるか? 辛くないものが多いけど、人間の料理を味わって欲しい」
「いいのか。オレはオブシディアンだが」
「構わないさ。モウグ・ガーは別に人間が憎いってわけじゃないんだろ?」
「種族に関して蜘蛛だろうが、ニンゲンだろうが、特に敵対するつもりはない。敵対するとしたら個体に対してだな」
種族分け隔てなく偏見を持たない。
とても難しいことなんだよな。俺もそうあるべきと思って自分を戒めている。
そういや、廃村に来てから色んな種族と知り合いになったなあ。
最近だとゾレンという種族と交流があった。ゾレンは冒険者ギルド的に完全モンスター扱いである。
だけど、接してみると平和的な種族だったし、これからも仲良くしていきたいと思っているんだ。
「イッカハ、モ、オナジ」
「ありがとう。本当は変化なしで歓迎したかったんだけど、どうしてもみんな驚いちゃうと思うから」
「ウウン、コノスガタ、タノシイ」
「オレもだ。足とはこういうものだったのだな」
二人に大好評らしい変化魔法に俺も試してみたいな、なんて気持ちになってきた。
「エリックさーんもやりますか? みんなやりましたし」
「い、いや……やってみたいが、嫌な予感がするからやらない」
俺の表情から何かを察したすみよんが誘って来るが、グッと堪えて首を横に振る。
◇◇◇
「おかえりなさいませ!」
「ただいま!」
宿に戻るとパタパタとマリーがやってきて、俺を迎え入れてくれた。
笑顔を絶やさぬ彼女の顔に疲れも取れる。
……ヒールをかけた服で疲れてはいないんだけど、気持ちの問題だ。
「お客様? ご友人? ですか?」
「友人だよ。宿に空きがあったっけ?」
「今日は珍しく一部屋空いてます!」
「おお、ちょうどよかった」
最近は満室続きだったからなあ。計ったように一部屋空いているとはラッキーだった。
「イッカハ」
「モウグ・ガーだ」
二人がマリーに挨拶するものの、彼女はたじたじになってしまう。
あ、そうだった。
「彼らは王国と別の言葉なんだ。イッカハとモウグ・ガーと挨拶してくれたんだ」
「マリーです!」
マリーの挨拶を竜の言葉に翻訳して彼らに伝える。
つい忘れていたけど、言語が違ったんだよな。
すみよんが普通に会話に参加していたから忘れてしまっていた。
ん、すみよんが普通に会話……?
このワオキツネザル、さりげなく竜の言葉を喋っていたってことか。怖え、スペックの高さに驚くばかりだ。
足もとで俺を見上げる真ん丸の黒い瞳にぞっと背筋が寒くなった。
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