第174話 ペット
「どうしたんですかー?」
「いや、何でも」
「そうなんですかー、すみよんを見つめて何かあったのかと思っちゃいましたー」
「……すみよんも竜の言葉が分かったんだな、って思っただけだよ」
一度否定したものの、別に隠すことでもないかと思い素直に自分の思ったことをすみよんに伝える。
対する彼は特に気にした様子もなく、マリーからリンゴをもらってご満悦だ。
今彼と会話していた言語は王国語だった。
ん?
俺と入れ違うように今度はイッカハが何か悩んでいるらしい。
「エリック、イマ、ナンテ?」
「あ、人間の言葉で喋っていたのだけど、すみよんが竜の言葉も喋ることが出来たんだなって会話してたよ」
「すみよん? コレ?」
「そう、この小動物がすみよん」
リンゴをしゃりしゃりしているすみよんを指さす。
続いてイッカハが思わぬことを口にした。
「すみよん、ワカル。エリック、ワカラナイ」
「え、今喋っていたこと。すみよんの方だけ分かったってこと?」
「ソウ。リュウノ、コトバ」
「まさか、聞く人によって言語が変わるのか……」
イッカハたちと会話していた時、俺はずっと竜の言葉で喋っていたよな。
あの時、ナチュラルにすみよんと会話していたけど、聞こえてきた言語はどっちだったっけ。
王国語も日本語もどちらも意識せず喋っていたので注意しなきゃ分からん。
普通ならすぐに気が付くものなのだけど、前世の記憶を持つ俺は母国語が二つあってだな、日本語で会話することは久しぶりだったのだから分かっていて当然だと自分でも思う。
何故気が付かなかったのか今更考えても分からないし、すみよんの言葉は誰でも理解できる、とだけ認識しておけばいいか。
とことん規格外な動物である。
「すみよん、マリーとイッカハたちの通訳を頼んでいいか?」
「マリーがリンゴくれたのでいいですよお。でもめんどくさくないですかー?」
「言葉が通じない方が大変だって」
「通じればいいんですよお」
「無茶言うなってば」
「仕方ないですねえ」
などとつぶやき、マリーの体をするすると登り彼女の肩へ座るすみよんであった。
あれじゃあリンゴの汁が垂れて彼女の服が汚れてしまうじゃないか。
仕方あるまい、背に腹は代えられないものな。
「にゃーん」
レストラン開店前の早い来客にアメリカンショートヘア風のマーブルが様子を見に来たようだ。
この時間帯に他の人がいることって滅多にないからだろう。
「チイサイ、イッカハモ、カッテル」
「へえ、イッカハも猫を飼ってるのか。どんな猫なの?」
「ネコ? チガウ。リザード。コレクライノ」
「おお、それはそれで可愛い。機会があったら見せて欲しい」
「ウン」
イッカハがマーブルの方を向いてしゃがむと、人懐こいマーブルが寄って来て彼女の腕にすりすりする。
「にゃーん」
「フサフサ」
獣の毛が珍しいのかすりすりしていたマーブルを反対の手で撫でるイッカハであったが、無表情で少し怖い。
猫を撫でると自然に頬が緩むのだが、彼女の感覚は少し違うらしいな。
なんだろう、初めて触れるものに対し確かめているような、そんな感じだ。
イッカハの様子をじっと眺めながら、モウグ・ガーが一言俺に告げる。
「ナーガで飼うとすれば、ペットリザードかフライスネークが多いな」
「どんな生物なんだろ。見たことないな」
「両手に収まるくらいの大きさだ。オレは説明が苦手だ。実際に見るのが早い。次にナーガに来た時に見せる」
「イッカハ、ミセルヨ」
猫から手を離したイッカハがぶいっとピースをして牙を見せた。
彼らとの会話内容をマリーに伝えると、彼女も竜族のペットに興味を示す。
カブトムシは嫌がったのだが、トカゲは平気ってことか。
カブトムシで思い出したぞ。
アリアドネが騎乗生物を提供してくれるって言ってたよな。あの時、即座に断っておいて良かったよ。
きっとカブトムシ以上に強烈な騎乗生物だったに違いない。
……逆に気になって来た。強烈なってどんな騎乗生物なんだろう?
「すみよん、アリアドネのところに騎乗生物はいるんだよな?」
「いますよおお。ジャイアントビートルはさようならですか?」
「そんなつもりは毛頭ない。俺にはジャイアントビートルがいない生活なんて考えられないよ」
「そうなんですかあ。もっと欲しいですか?」
「いや、一体で十分だよ」
「分かりましたー」
想像するより聞いた方が早いとすみよんを頼ったのだが、別の方向に話が行ってしまった。
まあいいや、次にアリアドネに会った時、覚えていたら聞いてみることにしよう。
俺とすみよんの会話を聞いたマリーの顔が青ざめる。
そう、彼女の肩にすみよんが乗っていたので、丸聞こえだったんだよね。
「すまん」
「い、いえ。ジャイアントビートルは素晴らしい騎乗生物……です、から」
「エリックさーん、でっかい蜘蛛ですよお」
「く、くも……」
こらあああ。すみよおおん。
アリアドネの話を振った後にジャイアントビートルに話題が移ったってのにこのタイミングで戻してくるとは。
オロオロする彼女にすかさずフォローを入れる。
「あ、いや。モンスターの話な。でかい蜘蛛がいたってさ」
「は、はい……昆虫型のモンスターもいますよね」
「いるいる。群れにならなければ脅威となるのは少ないよ」
「は、はい……」
蜘蛛は昆虫じゃねえぞ、とか野暮な突っ込みなんてしないのだ。
そして、平気な顔で嘘をつく俺は酷い奴なのである。マリーが安心してくれたらそれでいい。
昆虫型のモンスターにも単体で超危険なものはわんさかいる。
蜘蛛なら更に怖いぜ。アリアドネのところにいる蜘蛛たちはドラゴンも瞬殺しちゃうくらいだからね。
「ごめん、マリー。前置きが長くなりすぎちゃって。二人を部屋に案内してもらえるかな?」
「はい!」
宿の業務となり、いつもの調子を取り戻すマリーなのであった。
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