第175話 回鍋肉

 イッカハとモウグ・ガーを部屋に案内してくれたマリーが両手に収まるくらいの巾着袋を持って戻ってきたんだ。

 何やら、モウグ・ガーが渡し忘れたとかで預かったんだとか。

 中身は開ける前から分かった。この香りはスパイスで間違いない。

 手土産とか気を遣わなくていいのに……。突然行くことになったのだし、準備する時間もなかったはず。

 となると、元々彼が持っていたものだよな。野営用の調味料をそのまま俺にくれたのだと思う。

 レストランで出すのもいいけど、彼らから頂いたものだから営業終了後に使おうじゃないか。


「すみよん、これからレストランを開けるからそれまでついていてもらえないか?」

「分かりましたー」

「そのことですが、エリックさん」


 ぴょこんとマリーの肩から降りて尻尾をあげたすみよんに続き、彼女が遠慮がちに口を挟む。


「彼らが何か言ってた?」

「はい、これから寝る、とのことでした」

「なるほど。食事が遅くなると伝えていたからかな」

「かもしれません」


 部屋でゆっくり休んでくれるなら丁度いい。

 俺の動きに合わせてくれたのだと思うと少し申し訳ないが、その分は食事で返すさ。

 楽しみに待っててくれよ。

 

 そんなこんなで戦場のような忙しさが終わり、お待ちかねのお食事タイムである。

 スパイスは一種類ではなく色んなものが混ぜられたブレンドものだ。

 細かく砕いて混ぜられているので選別しそれぞれに分けるのは不可能。なのでそのまま使うしかない。

 そのまま使った場合の味わいはタンタンメンで使った通りである。

 あの辛みに合うような料理を考えねばならない。

 ……よし、日本風の中華料理でいくか。

 まずは食材チェックだ。

 豆腐、ナス、ニンジン、タマネギなどなど、食材は十分揃っている。仕入れも怠らず、採集も食材を切らさないようにしているからな。

 タンタンメンと被っちゃうのでひき肉を避けるか悩んだが、アレンジするのは次からにしたい。

 ひき肉と細かく刻んだタマネギを炒め、程よく焼けたらニンニクをひとかけ豆乳。続いて、清酒、醤油、スパイスの順で入れていく。

 そこへ豆腐を放り込み、ぐつぐつとしばらく煮込む。


「んー。いい香りだ」


 まずは一品目、麻婆豆腐の完成だ。

 お次行ってみよう。

 辛くてもおいしい回鍋肉ホイコーローを作ってみるか。

 取り出したるはピーマン、イノシシの肉、タケノコに似たペリンル、それとタマネギにニンジン、キャベツで行ってみよう。

 おっと、もちろんスパイスも使う。

 

「あ、マリー。二人を呼んでからそこの麻婆豆腐というのだけど、麻婆豆腐に刻んだネギを振りかけて欲しい」

「分かりました!」


 ちょうどテーブルの掃除を終えたばかりのマリーにお願いしてしまった。

 この後、彼女にはしばらく休んでもらう予定なのでもう少しだけ頑張って欲しい……すまん。

 まずはイノシシ肉を炒めて皿に取る。お次は野菜を炒めて、焼いたばかりのイノシシ肉を投入。

 あとは調味料を注ぎ込み、完成だ。

 調味料はスパイスと味噌だまりをベースに作ってみた。程よい辛さで丁度いいはず……多分。

 回鍋肉って確か豆板醤を入れるのだっけ? 豆板醬はさすがにこの世界にはないだろうから、「月見草風」回鍋肉ってことで。

 中華風できたので、スープも作っちゃおうか。

 ちょうど鳥ガラ出汁が少し余っているので。

 偉そうにスープと言ったが、大したものでもないのだけど……。

 寸胴に残った鳥ガラ出汁を鍋に移し、塩コショウを少々……そして、溶き卵を落として終わり。は、はは。

 

「お待たせー」


 できあがると既にイッカハとモウグ・ガーが待っててくれた。

 マリーに配膳を手伝ってもらっていざお食事タイムである。

 

「今日のお料理は何だか……赤いですね」

「そうなんだ。辛過ぎないようにしたつもりだよ」

「おいしそうな匂いがしていて、もうお腹が大変なことになってます!」

「はは、さっそく食べよう」


 マリーと俺が着席し手を合わせる。

 

「二人ともお待たせ。では、いただきます」

「イタダキ、マス」


 俺の所作をイッカハが真似をした。さりげに「いただきます」が気に入ってくれたのかな?

 ではさっそく、麻婆豆腐から。

 取り分けたところで気が付いた。肝心なものを忘れていたことに。

 

「ご飯がない! パンも持ってくるよ」

「ゴハン?」

「パンの代わりに食べるような……見た方が早い」


 慌ただしく立ち上がり、ご飯を人数分用意してお盆に乗せ戻る。

 立とうとしたマリーを手で制すことも忘れずに。せっかくの食事だ。彼女にはそのまま食べていてもらいたい。

 ほかほかご飯を準備して、いざ麻婆豆腐を実食といこうじゃないか。


「はふ」

 

 ご飯と一緒に食べると、辛みもまろやかになる。

 ん、麻婆豆腐はそのままいきたいな。余り辛くならないように調整したから。回鍋肉の方は肉と一緒なのでご飯がとても欲しくなる。

 どちらも満足できる出来栄えで、自分で自分を褒めたい。

 

「ご飯と一緒に食べるとちょうどいい辛さですー。おいしいです!」


 耳をピコピコさせているマリーには満足いただけた模様。

 さて、肝心の二人はどうだ?

 モウグ・ガーは特に回鍋肉が気に入ったようで、パンと回鍋肉を交互に食べていた。

 肉が多い方が彼の好みなのかも。辛さも回鍋肉の方が強い。

 

「ペリンルだったか? こいつのアクセントが何とも旨い。お前は料理の天才だな」

「褒めすぎだって」


 意外にもタケノコに似たペンリルの食感がお気に召したらしい。

 もう一方のイッカハはご飯に麻婆豆腐を乗せてスプーンでモグモグと食べていた。

 

「コレ、ナニ?」

「その白いのは豆腐というんだ。なかなかおいしいだろ?」

「ウン、トーフ、スキ」

「気にいってくれて良かったよ」


 二人ともお代わりをしてくれて、多目に作ったと思ったのだけど準備したものは全て無くなったので好評だったと思ってもいいのかな?

 俺本人も久々の中華風料理に食が進みまくったよ。

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