第176話 ナーガの村にて

「へえ、ナーガの村でも湯あみできるんだ」

「そうだ。元々、湯が湧き出しているところがあってな。そこの岩を少し加工し浸かることができるようにしたものだ」

「露天風呂かあ」

「露店風呂?」

「ここみたいに囲いや建物の中にあるのじゃない湯あみできるところ、って意味かな」

「そのような意味なら露天風呂になる」

「一度俺も行ってみたいなあ」


 食事で腹が膨れた後はモウグ・ガーへの案内も兼ねて温浴施設にやってきた。

 風呂は良い。

 俺好みの温度に調整しているので、若干熱いかもと思ったが平気なようで良かった。汗を流した後は熱めの風呂に入るのが好きなんだよね。

 月見草の風呂は天然温泉であるが、温度調節をしている。

 俺が入る前に少しだけ温度を上げるようにして入っていたんだ。

 街の人は水とタオルで体を拭くのが一般的で、川で水浴びをしながら体を洗ったりする。湯あみ施設はあるが水に慣れていることもあり、ぬるま湯なんだよね。

 なので月見草でも温度を低めにして提供している。

 人それぞれ好みがあるので個々人に合わせた温度で提供したいものだが、そうもいかないから多くの人に好まれる温度にしているってわけだ。

 でも、最後に俺が入る時くらい好みの温度にしてもいいかなって。宿の店主ならではの贅沢である。

 極楽極楽と存分に温浴を楽しんでいたら、ふと彼が思わぬことを口にした。


「ナーガの湯は熱いかもしれんな」

「え、ここより熱いの?」


 驚きで目を見開く。

 体感であるが、現在の湯の温度は42度くらいはある。これより熱いとなると入ってられなくないか。


「お前が人間だからこれで丁度いいのだろうな。これはこれでオレにとっても心地よい」

「あ、そうだった。モウグ・ガーはオブシディアンだったんだ」

「オブシディアンだけでなく、蛇にはここより熱い湯を好む者が多い。種族によるが沸騰しそうな湯に入る者もいる」

「人間なら火傷してただではすまないな……」


 種族差って怖い。

 「いい湯だな」と入っているオブシディアンを見て俺も俺もと確かめもせずに入ったら大事故になる。

 他にも昔本で読んだレディオブスノウとかだと氷水に入っているかもしれない。レディオブスノウって日本にいた頃の俺の感覚で言うと雪女みたいな種族だ。

 一年を通じて雪が溶けることがない大地に住んでいると記載されていたが、今後も見ることはないと思う。

 

「無理して入るものでもない。湯ではなく砂浴の方を好む者もいる」

「砂浴って」

「そのままだ。粒子の細かい砂で汚れを落とす」

「あ、ああ」


 馴染み深いところだと、スズメの砂浴びだ。

 砂を浴びることによって翼についた寄生虫やらを落としているらしい。

 鱗のある生物も砂浴びをすることによって、似たような効果を狙っているものと思われる。

 蛇の眷属だと鱗を持つ者が多いので納得だ。

 俺が入るとしたら、砂浴びじゃなくて暖めた砂の中に埋まるのがいいな。

 日本で生きていた頃に一回だけ体験したことがあるけど、汗びっしょりになって体の毒素が流れ落ちた気持ちになれた。

 

「チョウド、イイ」

「いい湯加減だよなあ」

「スナ、ヨリ、イイ」

「砂も入り方次第……って!」


 慌ててバシャアとその場で立ち上がる。

 今の声、モウグ・ガーじゃないよな!

 たどたどしい喋り方は彼のものじゃない。そもそも、彼の声はもっと低いじゃないか。

 薄ピンク色の髪から細い角が二本伸び、「ん」と俺を見上げているのはイッカハだった。


「い、いつの間に……」

「イマ」

「こ、子供だからセ、セーフ」

「ン?」


 イッカハは小学生高学年の少女のような見た目である。

 小学生ならまだギリギリセーフなはず。

 服を着たまま入っているし、も、問題ない。問題ないぜ。

 

「どうした? エリック。三人でも十分な広さがあるだろう」

「そ、そうだな。モウグ・ガーが元の姿でも全然大丈夫なくらいだよ」


 う、うーむ。

 モウグ・ガーは特に動じた様子はない。ナーガの村では男女一緒に入るのだろうと予想できた。


「イッカハさーん!」


 遠くでマリーが彼女を呼ぶ声がする。

 

「マリー、ナンテ?」

「イッカハを呼んでるよ」

「イッカハ、ココニイル、ッテ」

「伝えてってこと?」


 コクコクと頷くイッカハにどうしたものかと悩むも、俺はすぐに考えることを放棄する。

 ええい、もうどうにでもなあれ。

 

「マリー! 聞こえる?」

「エリックさん! イッカハさんがどこかに行ってしまって、お部屋かもとノックしたんですが」

 

 俺が呼びかけるとマリーがパタパタとやって来て、風呂の壁越しに彼女と会話を始めた。

 

「あ、ああ、そのことなんだけど、イッカハは風呂に入ってるよ」

「え、風呂場も見たのですが」

「あー、えーと、ここにいる……」

「え、えええ! 男女分けるってエリックさんが」

「ま、まあ。伝えてなかった俺が悪い」

「お風呂に行く前にお伝えしたのですが、言葉が通じないので、すいません」

「いやいや」

「で、ですが、いいのですか?」

「仕方ない。岩風呂は広いから」

「あ、あの。でしたら、わ、わたしも、い、いえ、お風呂行ってきます」


 何かを言おうとした彼女だったが、言いきらないうちに移動してしまったらしく、交信が途切れてしまう。


「コマッタ?」

「いや、もう大丈夫だよ。ゆっくりと浸かってね」

「ウン、エリック、アレ、ナニ?」

「ああ、あれは体を洗うところだよ」


 何だか嫌な予感がした俺は慌てて口をつぐむ。


「の、のぼせてきたから先に出るよ」

「アラウ?」

「入る前に体を洗ったから大丈夫」

「イッカハ、アラウ」


 と後ろで声が聞こえてきたが、俺はそそくさと風呂場から立ち去ったのであった。

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