第177話 アリだああああ

 お風呂ハプニングがあったものの、あくびをしつつ自室に戻る。

 カブトムシがいるので遠出してもベッドで眠ることができるのがよいよなあ。

 宿の経営を初めてから野営することが無くなった。外泊することはあるかもだけどね。

 ベッドで寝るのが一番心地よく休むことができる。

 快適さ順としては、自室、馬小屋、キルハイムの宿、野営、くらいの順番かなあ。

 といっても、野営が嫌いなわけじゃない。野営が嫌いだったら冒険者なんてやってないってものさ。

 野営の快適さは言うまでもないが場所による。

 前世では湖のほとりとか観光名所と思えるような場所に宿泊するとテンションがあがった。またここに来たいなあとか思うも多々あったのよね。

 しかし、この世界では違う。

 野営の時の快適さは一にモンスターの襲撃を受けないこと。次に気温と天候だな……。

 安全じゃないとおちおち眠ることもできぬ。


「やはり、海に行きたいな」


 ベッドに寝転がり、野営の想像をしていたら真っ先に浮かんだのは青い海。

 浜辺を眺めながらハンモックに寝そべり、ざあざあという海の音を聞く。

 ぼーっと何もせず眺めているだけでも癒される。毎日だと飽きるけど、たまの休日なら悪くない。

 いや、最高だ。

 

「ふああ……。今日もいろいろあったなあ……」


 寝る前独特のテンションと言えばいいのか、思考がどうもあっちこっちに取っ散らかる。

 朝になると何を考えていたのか忘れているのはご愛敬。

 キュウイをきっかけにモウグ・ガーとイッカハに出会った。特にモウグ・ガーの方はドラゴンをシルバーサーペントと共に追いかけ回していた記憶があったから、正直かなり身構えていた。変な動きを少しでも見せれば全力で逃走してやろうとね。ん? えらい臆病だなって?

 戦う気なんて最初から一かけらたりとも持ち合わせていないさ。別に敵対されたからといって戦う必要なんてないんだよ。

 冒険者をやっていて敵対相手がかわいそうだから斬りつけないって気持ちはない。

 単により安全に切り抜けるにはって考えたら、逃げるのが最もリスクが少ないってね。

 ネームドオブシディアンとシルバーサーペントの走る速度は把握していたし、カブトムシに乗ればまず振り切れると分かっていたことも大きい。

 あれ、どうして逃げることなんて考えていたんだ?

 寝る前のテンションやべえなマジで。

 そうだった。キュウイを採りに行ったらモウグ・ガーとイッカハに出会って仲良くなったんだ。

 彼らの住むナーガ村で刀削麺をご馳走になって、そのお礼に宿に招待した。

 ナーガ村ではスパイスがふんだんに料理へ投入されていて、モウグ・ガーとイッカハの様子から高価なものでもないみたいだ。

 大量に生産されて日常的に消費されているものなら、仕入れも容易なはず。となると、二人に頼んで今後はナーガ村のスパイスを仕入れたいところ。


「仕入れるとしたらもう一回ナーガ村へ行きたい」


 つい考えていたことが口をついて出た。

 目的はスパイスなのだが、二人から頂いたスパイスはブレンドしたものだったのを覚えているだろうか。

 ナーガ村にならブレンド前のスパイスもきっとある。バラバラで入手したいんだよね。

 俺には野望がある。唐突だが、野望があるのだ。

 個々のスパイスを組み合わせれば、前世のソウルフードが作れるのではないかと。

 説明するまでもないが、前世のソウルフードとはカレーである。インドカレーではない、ジャパニーズカレーだぞ。

 前世で何度かスパイスから作ったことがあるので、材料さえあれば再現可能だ。

 ベースとなるスパイスに関しては味も覚えているので、似たような味わいのスパイスがあれば何とかなる。

 

「ああああああ、考えるとカレーが食べたくなってきた!」


 ウトウトしてきてたってのに、目が覚めてしまったじゃないか。

 カレーって、何て罪な奴なんだろう。


「ああ、愛しい人ってか」

「ご、ごめんなさい。聞くつもりでは」


 大声で叫んでしまっていたのかもしれない。

 何かを伝えに来たらしいマリーが扉口にいたようで、俺の声に驚いた彼女がノックをせず扉を開けてしまった。

 オロオロ落ち着きなく目を泳がせている彼女に対し疑問をぶつける。

 

「聞いちゃった?」

「は、はい……」

「どこから聞こえてた……?」

「愛しい人というところからです」

「そこからか。誤解を招くな、それは」

「そ、そうなんですか?」

「人って言ったけど、対象は人じゃないんだ。料理のことを想像しててさ」

「お料理だったんですか!」


 ホッとした様子で大きく深呼吸をするマリー。

 落ち着いてくれたようで何よりだ。


「それで、何があったの?」

「そうでした! ディッシュさんが訪ねて来てくださってまして」

「ディッシュ……犬頭のリーダーだっけ」

「はい! 深夜で申し訳ないと申し訳なさそうにされながらも」

「まだいるかな? すぐに会いたい。パーティの誰かが怪我したとかかもしれないから」


 マリーが扉口にってことは、緊急の何かだと思っていた。

 聞いてみるとやはりだったので、さっそく一階へ向かう。

 犬頭のリーダーことディッシュは階段の音で気が付いたらしく、テーブルのところで立って待っていてくれた。

 

「店主、すまない。遅い時間に」

「いや、誰かが怪我をしているのならすぐ入ってもらって……」


 謝罪したリーダーが首を左右に振る。


「今回は幸い誰も怪我をしていない。他のメンバーは外で警戒に当たっている」

「警戒? 一体何が?」


 一呼吸置いたリーダーが厳かに告げる。


「アリだ」

「アリだああああ」


 ごめん、つい突っ込んでしまった。

 アリか。アリが出たのか?

 きょとんとするリーダーに向け、ワザとらしく咳払いをし誤魔化すことにした。

 だって仕方ないじゃないか。「アリだ」なんて真顔で言われたら、「アリだー!」って叫びたくなるじゃないか。

 アリって、ゾレンのことなのかな?

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