第117話 スター

「スター? 聞いたことないわ」

「スフィアでも知らないかあ。なんか『合成』をして作り出すとか何とか」

「スターと合成って師匠が口にしたのかな?」

「うん」


 じっと二人揃ってすみよんを見やるが、するすると柱をつたって外に出て行ってしまった。

 気まぐれな彼の行動に対し、俺はもちろん彼との生活が長いスフィアはため息さえつかずそのまま続ける。


「師匠からだったら、私たちの世界で知られているとしたら相当な人物のはずよ」

「有名どころってこと?」

「有名か無名かはどちらでも、合成の魔法を使う実力が図抜けている人じゃないと作れないものだと思う」

「うーん、ヒールしか分からないからなあ。スフィアは合成の魔法を使うことができるの?」

「いえ、全く使えないわ」


 合成って聞いたら俺が想像するのは魔法は魔法でも錬金術の方なんだよね。

 錬金術は何か素敵な薬剤を媒介にして物質と物質を混ぜて結合させて別の物質を作る……こともあると聞いた。

 その際には魔力も使うそうで、錬金魔法って言うそうだ。

 事象としては合成なのだけど、呼び名が錬金魔法になっているのですみよんが言う「合成」とは別物だろう。

 なので錬金術ではない魔法なのかなと思ってスフィアに聞いてみると、正解だった。

 だが、彼女は合成の魔法を使えないようだ。


「誰か使える人に知り合いとかいない?」

「うーん、知ってる人はいないかなあ。あ、そうだ。星屑の導師を頼ってみたら? 合成の魔法を使えるとか聞いたかも」

「そんな伝説的な人物をあげられても困る……」

「じゃあ、湖の賢者はどう? 賢者だけに物知りだから何か知っているかも?」

「だ、だからだな」


 「なあに」と不思議そうな顔をされても困る。

 もうちょっと気軽に会うことができる人物を紹介してくれるとかはないのか。

 彼女の物言いからして導師や賢者がいる場所を知っているわけじゃなさそうだしなあ。冒険者ギルドで伝説となっている三人物のうち二人をあげられてもどうにもこうにも。

 ……待てよ。

 そうか、冒険者ギルドで聞いてみるってのはいい案かもしれない。

 

「どっちに会いに行くの?」

「会いに行かない……ギルドに行って聞いてみる」

「星屑の導師の?」

「そこから離れて……いや、スフィアは酒を飲んでればいいよ」

「え? いいの?」

「待て、俺の前では飲むなよ。恥ずかしい姿になられても俺が困る」

「な、ならないもん」

「ほんとかなあ」

「な、ならないんだもん」


 顔を真っ赤にしてブルブルと首を振る姿が普段の凛とした美人とギャップがあって不覚にも可愛いと思ってしまった。

 これがギャップなんとかってやつか。

 でも、彼女にはここじゃなく部屋で飲んでもらう意思を変えることはないのだけどね。


「ありがとう、じゃあ、飲みの邪魔になるし、そろそろ出るよ」

「飲まないの?」

「いや、俺と飲んだらスフィアが困るだろう」

「いつも一人飲みじゃない。飲むのって誰かと飲むのが楽しいのよね」

「それは重々理解できる。至極同意するよ」


 俺は飲むことそのものよりも、誰かと顔を突き合わせてお喋りできるのが酒を飲むことの楽しさだと思っている。

 食事をするだけだったら、食事が目的でお喋りはついでだろ。

 だけど、酒が入ると違う。お喋りが目的になるんだよね。

 期待の籠った目で俺を見つめてくるスフィアが朱色の唇を動かす。


「じゃ、じゃあ」

「待て、今は昼間だ。昼から飲むわけにはいかないのだ」


 暗に断ったつもりだったが、彼女はまだ諦めていない様子。

 手を伸ばしてきたのは俺の腕を掴んで「お願い」とでもしようと思ったからだろうか。

 酔っ払っていない時の彼女はライザ以上に俺の体に触れることをしない。

 いや、ライザは多分俺の体に触れて抱きしめる必要があれば恥じらうことも無く抱きしめるはず。

 彼女の場合はおしとやかというか何というかボディタッチをすることに戸惑いを覚えるらしい。

 日本の感覚からすれば当然のことであるのだが、この世界……は言い過ぎだな、キルハイムの街ではそうではない。

 握手だけじゃなくて、別れる時とか久しぶりにあったりした時にハグをするような文化である。

 西洋のように頬にキスするなんてことまではないけど、まあ、余り抵抗なく相手の体に触れる習慣があるってことさ。

 酔っ払ってない時は奥手な方なんだよなあ。飲んだ時もこれならいいのだけど……。

 

「エ、エリックさんなら酔った時の私のことも知っているし、もう今さらじゃない?」

「それなら同性と飲めばいいんじゃないのか……いや、忘れてくれ」

「お、お友達がいないわけじゃないんだから」

「分かってる。廃村にいる同性に酒が飲める人がいないなと思って」


 振り返るほどの住人はいないけど、一応列挙してみよう。

 まず看板娘のマリー。彼女はまだお酒が飲めない。

 次、新しく廃村にやって来たエリシア。彼女は現在体調不良で療養中のため、酒は控えて欲しい。

 彼女自身も飲むことを望まないだろう。

 もう終わり? いやいやまだいるぞ。

 ジョエルのメイドのメリダのことを忘れていないか? 彼女はマリーにそっくりで、年齢も近い。

 なので、彼女もまだお酒が飲めないのである。

 いや、まだいる。小人族の中には女性もいた。だが、人間とサイズが違い過ぎて一緒に飲むことは難しそうだ。

 そんなわけで、スフィアと酒を酌み交わすことのできる相手はいないのである。


「あ、いるかも。でも、同性……と言っていいのかなあ。そもそも酒を飲むのかも分からない」

「え、誰? そんな人いた?」

「いや、忘れてくれ」

「そ、それはさすがに酷いんじゃない? 期待した私の胸の高鳴りをどう納めれば」

 

 思いつきで口走るものじゃないな。口は禍の元とはまさにこのことである。

 浮かんだのは廃村にいない人物で人間とは駆けなはれた存在だ。


「すまん、俺の思い違いだったんだよ。彼女はアルコールを口にしないんじゃないかなって」

「そう、それなら仕方ないよね……」


 しゅんとする彼女に心の中でもう一度謝罪する。

 だって、さすがに蜘蛛のアリアドネを紹介するわけにはいかないよな。

 彼女は積極的に人と接触するような存在じゃなさそうだし、縄張りまで行ってもし「敵対認定」されてしまったら目も当てられない状況になってしまう。

 

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