第116話 過去は振り返らないもの

 この後、ヒールをかけてエリシアの家を後にする。

 芋と木苺を採集した辺りでせっかくだから木苺をもう少し摘むかと立ち止まり、すみよんに声をかけた。

 

「先に帰っていてくれていいよ。木苺を持って帰ろうと思ってさ」

「すみよんも芋を食べたいでえす」

「分かった。芋ももっと取ってくれってことだな」

「さすがエリックさんでーす。今日は芋沢山ですし、珍しい事象も直接見ることが出来ました」


 ん、今さりげなく重大なことを口にしたな。

 

「珍しい事象って?」

「さっきのニンゲンですよお。エリックさーんのお友達なのでしょう?」

「まあ、そうだな」

「すみよんは恥ずかしがり屋さんなので、知らない人にいきなり会いに行くなんてことできませんー」

「……言いたいことは沢山あるけど、珍しい事象ってエリシアの体調不良の原因のこと?」

「魔力結晶でえすよお。久しぶりに見ましたー」

「元に戻す手段ってあるのかな?」

「ありますよ。もう二度と見れないかもしれませんけどいいんですか?」


 言いも悪いも魔力結晶とやらが彼女の体調不良の原因なら取り除きたいに決まっている。

 酷い言い方だけど、すみよんも心配して診に来てくれたんだと思う。

 そうじゃなきゃ、わざわざ確認しに来ないはず。俺の友達だと認識している人だから、わざわざ診に来て断定を確信にしたかったのだろう。


「どうやったら魔力結晶を治療できるのかな?」

「『スター』です。スターを注ぐか食べればいいんですー。甘くないでえす」

「甘くなくても治療できるならそれで。スターってあの空に浮かぶ星のことじゃなくて、スターと呼ばれる食べ物のことなの?」

「そうですねえ。『合成』が必要でえす。残念ながらすみよんは合成の専門ではないのですみよんじゃない動物に頼んでくださいー」

「表現がややこしい……。その人のところに頼みに行ってスターを作ってもらえばいいってこと?」

「そうですねえ。行きますか?」

「う、うーん」


 エリシアを治療することはやりたい。だけど、彼女にばかり時間を使うわけにもいかないんだよな。

 スターを合成できる人物が近くにいればいい。

 すみよんに聞いたら「すぐそこ」と返ってきそうだが、彼の距離感はおかしいからなあ。

 よっし、一旦スフィアにも聞いてみよう。彼女が魔力結晶とやらのことを知っているのなら詳しく聞きたい。

 

「そんなわけでやって来ました」

「え? 何……?」

「あ、こっちの話。様式美ってやつだ」

「ふ、ふうん、街での流行りなの?」

「さ、さあ?」

「あなたが言い始めたことなのだけど……」


 んーとお互いに首をかしげる。

 気を取り直して……っと。そんなわけでやって来ましたスフィアの家に。

 民宿の隣なのだから歩いて数十歩の距離なのでわざわざ来たというよりは寄ったが正しい表現なのかもしれない。

 それにしても彼女の家は殺風景だな。最初に設置した大きな樽以外には俺が運んだ椅子とテーブルくらいしかないぞ。

 奥にある彼女の部屋はさすがに家具がいくつかはあると思うけど。

 作業場だからこのままにしてあるんだよな、きっと。

 

「どうしたの? お酒?」

「酒は飲んだ分作ってもらったから問題ない。追加も明日に納品してもらう予定だし……しかし、そろそろお金を渡してもいいんだが」

「ううん。作った分からお酒を料金として頂いているから大丈夫よ。たまに差し入れも持って来てくれてるじゃない。あなたの料理、本当においしいんだから」

「そうかな、スフィアなら街で色々評判の店とかで食べてるんじゃないの?」

 

 周囲を見渡していたらお酒とは、彼女の脳みそは酒で出来ている。赤の魔導士と呼ばれるくらいなのだから聡明で天才肌なのだろうけど、酒癖で全て台無しに……。

 独自で魔法を開発しちゃうようなすごい人なのに。勿体ない、勿体ない。

 毛色は相当異なるが、某天才錬金術師もだよな。冷凍庫をホイホイ作っちゃうほどの天才的な実力を持ちながら、アレだもの。

 天才と何とかは紙一重と言うのは真実なのだな、と最近よく思う。

 失礼なことを考えている俺と異なりスフィアは真面目に過去を振り返っている様子。

 指を口元に当て、目を瞑り、開く。

 

「『おいしい』と聞いて食べに行ったことは何度もあったかな。だけど、何だろう、おいしいって味だけじゃいの」

「そうなの?」

「お酒……は別ね」

「酒の話が混じると歪むから、酒抜きで頼む」

「何だか酷くない? マリーさんには目に入れても痛くないって感じなのに」

「そんなことないって、うん」


 どうどうと彼女をなだめるも、きっと俺の目は泳いでいる。

 対する彼女は目を閉じ首を振り眉根を寄せた。


「出会い方が最低だったものね……後悔しているわよ。だけど、過去を振り返っても仕方ないもの」

「そらそうだ。過去は過去、今は今だよ。ま、まあ、俺の対応のことはいいから、『おいしい』の続きを聞かせてくれないか?」

「味は確かに重要よ。だけど、こう『落ち着く』とか『癒される』って気持ちになるの。子供の時に食べたこともない料理だけど何だか『懐かしい』とか、そんな気持ち」

「なるほどなあ。ある種の癒しか」

「あなたの料理にはそれがある。清酒もある、にごり酒もある」

「こら、後ろ……でも、ありがとうな。感想が聞けてとても嬉しいよ。民宿のコンセプトは『癒し』だ。料理でも『落ち着く』とか『ホッとする』と思ってもらえるようにこれからも頑張りたい」

「お酒の話をしていたら飲みたくなってきたじゃない……飲む」

「待てええ。まだ昼間だぞ。いや、飲んでもいい、だけど、聞きたいことがあって来たんだよ」


 こ、このポンコツめえ。これさえなけりゃ超優秀な一流の魔法使いなんだけどなあ。

 酒瓶を直接口に付けようとするスフィアを後ろから羽交い絞めにしてすみよんに目くばせする。

 心得たとばかりにすみよんが酒瓶を掴み、元の位置に置いた。


「な、何よお。師匠まで酷い」

「面白そうだったのでついー」

「師匠はブレないわよね。面白いか面白くないかだもん」

「そうですよお。あと甘いか甘くないかでえす」


 戻って来たすみよんが長い縞々の尻尾を振りつぶらな瞳をぱちくりさせる。

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