第115話 お邪魔でえす

「お邪魔します」

「お邪魔でえす」

 

 エリシアの家の扉口で鈴を鳴らす。

 すぐに中から「はあい」との声が聞こえてきて扉が開く。

 

「こんにちは」

「来てくださりありがとうございます」

「調子はどう? ヒールをかけ直しに来たんだ。それと、良かったら体調の推移を教えて欲しい」

「もちろんです」


 相変わらずエリシアの顔色は優れない。ふら付く様子が無いように見えるのはタイミングが良かったからだけなのだろうか。

 フラフラしている状態なら誰かが訪ねて来ても立たないように、とは彼女と約束している。

 どこまで彼女が約束を守ってくれるかは分からないけど、現状を見る限り足どりもしっかりしていてホッとした。

 「さあ、どうぞ」と彼女が招き入れてくれたところで、彼女は「はて」と首をかしげる。


「もう一方いらっしゃいませんでしたか?」

「気のせいじゃない?」


 彼女に指摘されて初めて気が付く。

 木苺を食べて、そのまますみよんがついて来ていたんだよな。今彼は俺の足もとでお座りしている。

 下に目を向ければエリシアとてすぐに気が付くものだが、俺と会話をしているからかすみよんの姿が目に入っていないようだった。

 人間、そんなものだよな。他に気を向けることがあると足もとがおろそかになる。

 すみよんが人の言葉を喋ることって秘密にしていていいものか、そうじゃないのか迷うんだよな。

 俺の対応としては俺から彼が喋ることができることを伝えない、としている。

 すみよんの動きを見ていると、どうも彼が喋ることができることを隠さない相手を選んでいるように思えてさ。

 この前もキッチンにゴンザらが来るといつの間にかいなくなっていたりしたからさ。

 そんなわけで誤魔化してみたのだけど、彼の答えは俺の気遣いなど無用だった。

 

「すみよんでえす」

「きゃ! ど、どこですか?」

「ここにいまあす。リンゴ食べますかー?」

「リンゴ……? あなたがお喋りしたのですか?」


 ようやくすみよんの姿に気が付いたエリシアは小さく悲鳴をあげその場でしゃがみ込む。

 突然の「リンゴ食べますか?」は彼女には理解不能だったらしく、問いかけに対し問いかけで返す彼女であった。

 ちなみに、リンゴはすみよんの手には無い。

 ひょっとしたら「リンゴ食べますか?」はすみよん流の「ごきげんよう」みたいな表現だったのかもしれ……いやいや、さすがにそれはないよな。

 胸に手を当てて大きく肩で息をしているエリシアが、今度は俺に目を向ける。

 

「エリックさんのお友達ですか?」

「ま、まあ、そうだね」


 どう答えたらいいものか迷いつつ肯定した。

 友達と言っても差し支えない。ペットでもないし、姿が動物なだけで人と接するのと変わらないものな。

 対するエリシアは両手を合わせ、喜色を浮かべる。


「こんな素敵なお友達がいらっしゃったんですね! とても可愛いです! ごめんなさい、リンゴは持ってません」

「そうなんですかあ。リンゴ甘いでえす」

「甘いですね」

「木苺食べますか?」

 

 こらああ。さりげなく木苺を渡すんじゃない。持ってきてたのか、抜け目のないすみよんめ。

 とんでもなく酸っぱい木苺だからエリシアには刺激が強いかもしれないものな。

 事情を説明し、木苺を回収する。

 あ、そうだ。合うかは分からないけどこの木苺を使ってみよう。


「キッチンを少しかりていいかな?」

「構いませんが、おもてなしできず……」

「エリシアさんはしっかり休んでもらわなきゃいけないからね。お茶くらい淹れさせてよ」

「ありがとうございます」

「すみよんも適当に」

「分かりましたー」


 と言って俺の肩に乗るすみよんであった。

 正直言って邪魔なんだけど……。毛がお湯の中に入ったりしそうだし。しかし、「適当に」と言ったのは俺だ。

 細心の注意を払いつつお湯を沸かし、木苺をすり潰す。

 出てきた果汁をペロリと舐める。

 

「やっぱり酸っぱいな。本当に木苺なのかなこれ……」

「甘くないでえす」


 不満げな声をあげるすみよん。

 だけど、この味ならいけそうなんだよな。

 

「お待たせ」

「何から何まで……」

「お好みでこれを入れてみて」


 ティーセットと共に木苺の果汁を入れた小瓶をコトンと置く。

 おっと、もう一つあった。パリパリする水あめも付けておかないとね。

 お茶菓子も用意したかったところだけど、体調の悪いエリシアに何を持って行くべきか悩み、結局手ぶらで来てしまった。


「すみよんには何もないのですかー?」

「んー、そうだな。ほい」


 さっきの芋をテーブルに置くと早速食べ始めるすみよんである。

 同じものだけど、平気なようで良かった。

 

「酸っぱいから注意してね」

「はい。では、少しだけ」


 注いだばかりで湯気をたてる紅茶に数滴木苺の果汁を垂らす。

 んー、思った通りだ。

 数滴垂らすことで木苺の香りが鼻孔をくすぐり、ほのかな酸味が紅茶に良く合う。


「香りが素敵ですね。美味しいです」

「そこで拾った木苺なんだ。味がレモンにそっくりだったから紅茶に垂らしてもおいしいかなと思ってさ」

「木苺が自生しているのですね。これほど酸味のある木苺は珍しいですね」

「うん、俺も初めてだよ」


 どうやらエリシアは紅茶が好きらしく、茶葉談義に花が咲く。

 普段何気なく飲んでいる紅茶だけど、この世界にも様々な品種があるんだなあ。

 俺の持ってきた紅茶はグラシアーノに「紅茶を頼む」と依頼して持って来てもらったものだ。

 渋みがなく、飲みやすい紅茶である。


「エリックさんのヒール効果でしょうか。ここ二日間、一度もくらりとすることがなかったです」

「それは何よりだよ。だけど、顔色が良くなっている感じはしないなあ」

「そうですね。肌の調子も殆ど変化はありません」

「ヒールの効果で体調が悪くなるのを抑えているのかな。治療効果はないかもしれない」

「そのようなことはありません。普通に歩くことができて嬉しいです」


 そう言ってくれるエリシアだが、正直ヒールの回復効果でブーストしているに過ぎない。

 徐々に体力が減っていくバットステータスをヒールで回復させているものの、バットステータス自体は消えていない……状態なのだと思う。

 バットステータスの元になっているものを何とかしないと彼女の体調が戻ることはない。

 とはいえ、減りと回復が均衡状態を保っているのなら、ひとまず大丈夫なのかな?

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