第114話 寄り道
帰宅してその場は解散となった。ゴンザとザルマンは早速風呂に向かったのだが、俺は野暮用があってさ。
またしてもすっかり忘れていたというわけで……。
廃村には二人の療養者がいる。味覚に異常があるジョエルは健康上特に問題ないので身体的には問題ない。
と言っても何も問題ないのかと言われると疑問府が付く。
彼は自分の味覚が人と異なることで人と接することを恐れている。極端な人見知り状態なんだ。
俺とマリーについては打ち解けてくれて普通に喋ることができるようになっている。キッドはどうかなあ?
キッドからジョエルに話を振っていたとマリーから聞いたけど、ジョエルは曖昧に頷く程度だったらしい。それでも、その場から去らずに留まってくれたのは大きな進歩だと思う。
もちろん、事前にジョエルとキッドに了解を取ってから同席にしている。
キッドは生来の人懐っこさを持つ青年だから「それはそれで楽しみだ」と言ってくれて、ジョエルは歳が近いキッドのことは気になっていたようで否とは言わなかった。
人と接する機会を作れるだけ作って、彼が自分の味覚というコンプレックスを克服できるように協力したいと思っている。
単に人と接するだけじゃなく、街のお屋敷じゃ体験できないことを体験してもらおうとも考えているんだ。他のことがあって中々彼を誘えていないんだけどさ。
明日か明後日くらいなら彼と彼の従者、メイドの三人とマリーを誘って近くの川で釣りでもしようかな?
もう一方の療養者たるエリシアの方はジョエルとまるで様相が異なる。
彼女は体調不良が続き、環境を変え湯治をすることで改善しないかとの狙いで廃村に来た。
忘れていたこととは、彼女の家に行ってヒールをかけることである。俺のヒールは二日程度はほぼ回復力が低減せずに自足するんだよね。
たが、三日目を境に回復力が減少していく。四日目になると効果は半分ほどになる(エリック独自調べ)。
今日で前回ヒールをかけてからちょうど三日目となる。なので、彼女の家を訪れヒールをかけないとなのだ。
廃村内の移動だからさすがにカブトムシには乗らずてくてくとのんびり歩いて行くことにした。
「うーん。こうしてのんびり歩くのも悪くない」
季節の移り変わりが余りない気候なので、風景ががらりと変わることは短い夏と冬だけである。
それでも過ごしやすい気候が続くのでいつ散歩しても春先の気持ちのいい陽気を味わうことができるのだ。
俺個人としてはこちらの方が好ましい。春のぽかぽか陽気に散歩をすると何とも言えぬ幸せな気持ちにならないかな?
廃村は廃墟となり一部が崩れた建物がある。放置されていたので草木が生い茂り、独特の風景を作っていた。
緑に覆われた廃屋とかは廃墟好きにはたまらないものなのだと思う。俺は特に廃墟が好きなわけじゃないけど、緑溢れる自然の景色は結構好きなんだよね。
自然を存分に味わえるからということが冒険者になった理由の一つでもあったわけだし。
「お、あんなところに木苺が自生していたのか」
廃屋の裏手に真っ赤な粒々が見えたので回り込んでみたら、びっしりと木苺が自生していた。
ここに住んでいた人が植えたのかもしれない。もう家主もおらず摘んで食べちゃってもいいよね。
って今更か。廃村周辺で採集をし続けているしさ。
適当に摘まんで、と手を伸ばしたら頭の上に何か生暖かいものが乗っかった。
「エリックさーん」
「すみよん、いっぱいあるし、俺が食べてもいいだろ?」
生暖かい何かの正体はすみよんだった……というかすみよん以外にこのようなことができる者はいない。
図ったかのように出現したから、「木苺はワタシのでーす」とか言うのかと思ったら違ったんだ。
「赤いのもおいしいでえす。こっちは食べないんですか?」
「こっち?」
「これでえす。引っ張ると出てきますよー」
「これって」
緑の蔓をちっちゃな手で指し示すすみよんに導かれるように、しゃがみ込む。
試しに蔓を引っ張ったら、ぶちっと切れてしまった。
気を取り直して蔓を辿ると地中に続いていることが分かる。
土を手で掘り返し、根っこを引っ張ったら芋が出てきた。
水……は、ちょうど水袋を持っていたのでそれで芋を洗い流す。すると土が取れ薄紫の皮が露出した。
「なんの芋だろこれ」
「おいしいですよー。甘いでえす」
「甘いのかあ。サツマイモか何かかな」
「ニンゲンの呼び方は分かりませーん」
「そらそうだよな。持って帰って吹かしてみようかな」
「食べないんですかー? イモおいしいでえす」
「そのまま食べたらお腹を壊すかもしれないからさ」
サツマイモはどうだったのか覚えてないけど、ジャガイモを生で食べることは避けた方がいい。
サツマイモも似たようなものなのかもと思ってさ。そもそもこの芋がサツマイモかどうかも分からないけど……。
ジャガイモの場合はソラニンという物質がお腹を下す要因だと聞いた気がする。
あれ、でもソラニンって確か熱に強くて加熱しても毒素は消えないんじゃなかったっけ。
加熱しても一緒ならそのまま生で食べちゃってもいいんじゃないかな?
いやいや、加熱することで変な菌とかが含まれていた場合死滅するし、生で食べることはやはり避けた方がいい。そうだよな、うんうん。
それにしてもさも美味しそうにカリカリ食べるね、すみよん。
案外生で食べるとシャリシャリしておいしいのおかもしれない?
「食べますかー?」
つぶらな瞳でモグモグしながら見つめられると心が揺らぐじゃないか。
ぐ、ぐう。
いつもは俺に見向きもせず食べるのに、こういう時に限って半分に割った芋を差し出してくるなんて卑怯だぞ。
しかし、俺は人間である。
土がついたままの芋を食べることはできないんだ。
ふ、ふう。土がついていたから思いとどまることができた。
「木苺の方を食べるよ」
「甘いですかー?」
「んー。すっぱいな」
「酸っぱいですー。甘いのがいいでえす」
すみよんにも木苺を齧らせたら、お気に召さなかったようである。
この木苺、とんでもなく酸っぱい。これならレモンを食べるのと変わらないくらいに。
おっと、ここで油を売っている場合じゃない。エリシアのところに向かわなきゃ。
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