第66話 お手紙

 騎士とキルハイムの視線が握りしめたままの書状に向く。

 今開けってことだろうか。手紙って書いた人の目の前で読むと気恥ずかしいというか気不味いというか何とも言えない気持ちにならない?

 内容は分かっているのだから回りくどいことをせずに口で言ってくれないかなあ。

 騎士はともかく、キルハイムの目が血走ってこちらを凝視しているじゃないか。怖い、怖いってば!

 俺には言えないよ。言葉で説明してくれなんてことは。

 仕方ない。読むとしよう。

 見事な徽章が押された蝋印を指先の爪でカリカリとひっかく。

 ちょ。顔だけ書状に寄って来てるって。息まで止めて、鬼気迫る表情とはまさにこのことだ。

 

「あ、あの」

「吾輩には構わず開けるとよいぞ。もちろん我が騎士もな」

「店主殿、私は横を向いておきます」


 わ、分かっていても、圧が凄い。

 騎士は気を遣って一歩引き、視線を逸らしてくれたものの、彼の圧なんてはなから感じていないって。

 彼の意図はちゃんと汲んだぞ。

 自分が暗に伯爵に行動を示すから、と願ってのことだろ。

 君の行動は無駄になった。しかし、その崇高な意思は確かに受け取ったぜ。

 戦友に乾杯。

 ……何てくだらないことを考えていたら、急にどうでもよくなり蝋印をペリペリ剥がして中を改める。


『吾輩だ。我が息子「ジョエル」を頼む』


 一体どんな長文が書かれているのかと思ったら、たったの一行だった。

 「吾輩だ」はないだろ。これは酷い。一応、一文の下の方に本人のサインがあったので誰だか分かるようにはなっている。


「どうだ?」

「あ、はい」


 どうと言われましても……。

 困惑する俺のことなど知ったことじゃないキルハイムは腰に手を当て胸を反らす。

 自信満々、威風堂々とした姿はそれだけで絵になるが、内容が内容だけにどう対応したらいいのか笑顔が引きつる。


「そんなわけで後の説明は任せたぞ。我が騎士よ」

「お任せ下さい。主のご命令とあればたとえ火の中水の中」


 そのたとえ、絶対おかしいから。

 突っ込みたくても相手の立場を考えると突っ込めずにやきもきするよ。

 これだからお貴族様ってやつは。

 感涙するイケメン騎士様と「うむうむ」と大きなことをやり遂げた感を出すキルハイムに、すっかり蚊帳の外となった俺である。

 本人が来たのだから、息子の紹介をしていかないのか、とかもう言い始めたらキリがない。

 

「すぐにジョエル様も護衛の騎士と共に参上いたします。今しばらくお待ちを」

「は、はい」


 騎士が恭しく礼をする。

 そのように敬意を払われる立場じゃないので、むず痒くなるよ。

 一方で満足気なキルハイムはマントを翻し、颯爽と踵を返す。

 

「男爵に会って来る。ではな。エリック」

「少しだけお待ちいただけますか。新作があるんです」

「な、何だと……誠か! 吾輩が頂いてもよいのか? 頂くといっても無料でもらうというわけじゃないぞ。もちろん、謝礼はする」

「は、はい」


 ちょうど作り立てだったビワゼリーを包んで、キルハイムに手渡した。

 扉を出て早速食べたのか、「うまいぞおおおお」という声が聞こえてくる。目からレーザーでも出ていそうな叫び声だな。

 この人に仕えている騎士って凄いよ、ほんと。

 哀れみのこもった目で騎士を見ようとし、慌てて首を振る。

 マリーがこの場にいなくて本当に良かった。

 ホッと胸を撫でおろすも、すぐに息子とやらがやってきたらしい。扉口が騒がしくなっているからね。


 ◇◇◇


 あの領主の息子だからどんな破天荒な人が来るのかと思ったら、大人しい少年だった。

 息子と聞いていなかったら、少女と間違えていたかもしれない。

 きっとお母さんに似たんだろう。ふわっふわの絹糸のような金髪が肩にかかり、細い眉とキュッとした口元が人形のように愛らしい。

 服装はまさにお坊ちゃんといった感じで、青を基調としたベストに白のブラウス、黒の紐ネクタイとお上品である。

 紐ネクタイのブローチは金でできているようで、キルハイムの身に着けていたものと同じ徽章が刻まれていた。

 

「ご子息様は御年10歳になられます。この度は店主殿にお力添えを頂きたく」


 護衛の騎士ではなく、最初に会ったイケメンの騎士が口火を切る。

 紹介された形の少年はまごまごしたまま、戸惑っている様子。

 その間に騎士たちは彼の後ろに控え、揃って礼をする。

 押し出されるようになってしまった彼はブンブンと首を振った後、両手をギュッと握り口元を震わせた。

 大人しそうだと思ったけど、唯我独尊を地で行くあの父と真逆過ぎてビックリしたよ。

 騎士たちも立場上、領主の息子を前に立たせないといけないからなあ。

 「爺や」みたいな人が同行していたらフォローしてくれるのかもしれないが、騎士ではそうはいかないか。

 よっし、ここは俺から。

 

「民宿月見草の店主をしているエリックだよ。よろしくね」


 不遜な物言いに騎士たちがざわつくが、うつむいた少年が両手を横にやって押しとどめる。


「はじめまして、エリックさん。僕はジョエル・キルハイム」


 手を差し出すと、おずおずと彼も手を伸ばしてきてくれたので彼の手を握った。

 すると、彼も手に力を込め握り返してくれる。

 少しは緊張がほぐれたかな? じゃあ、さっそく聞いてみることにしよう。

 

「ジョエルくんのお父さんから君を頼むとだけ聞いたのだけど、どのようなことなのか聞いてもいいかな?」

「うん」


 コクリと頷き俺を見上げてきた彼がまさに声を出そうとしたその時、ちょうど大工たちを連れたマリーが降りてきた。

 マリーだけじゃなく大工の二人まで来ては……やっぱりそうだよね。

 俺一人の前だけでも緊張していた彼の肩がびくうとなってしまった。

 

「エリックさーん。明日で工事が終わりなんですってー」

「ありがとう。大工のみんなも! 明日、改めてお礼に行くよ」

「大したことはしていないよ」

「お前は見習いだろ」


 少年と青年の中間くらいの見習い大工キッドの頭をコツンと叩くベテラン大工。

 「にひひ」と悪びれた様子もなく笑うキッドにマリーと大工もつられて笑う。

 彼らの様子を見ていたジョエルが何か言いたそうにして唇を動かすが結局口を閉じてしまった。


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