第65話 して、我が息子のことなのだが
「店主殿! お会いでき光栄です! お呼び立てし、失礼いたしました」
「わざわざこのような廃村までお越しいただきありがとうございます。どういったご用向きですか?」
立派な全身鎧を纏った騎士が、鉄兜を小脇に抱え背筋をピンと伸ばし敬礼する。
鉄鎧の中央には立派な徽章が刻まれ、赤マントも相まって身分の高そうな騎士なのだなと想像できた。
マリーは彼の出で立ちにすっかり委縮したようで、俺の背後に隠れてしまっている。猫耳だけがチラチラと出ているのが可愛い。
何だか既視感があるんだよな。立派な姿の騎士様って。
一抹の不安を抱くが、民宿を訪れてもらって対応しないわけにはいかない。
店主の辛いところだ。
前世も今世も所謂「お偉いさん」と接する機会は余りなく、雲の上の存在だったためどうにも苦手意識がある。
なんだか面倒臭そうだろ? お貴族様ってさ。
幸い俺の住んでいたキルハイム領の領主であるキルハイム伯爵以下貴族たちが、悪辣なことをしているという噂を聞いたことはない。
隠されているだけなのかもしれないけど、街の人の噂って案外馬鹿にできないんだぞ。
領主の娘がどうとか、息子がどうとか、色んな情報が酒場なんかに集まって来る。
もっとも、そのような情報は根も葉もないものも多い。しかし、真実が多分に含まれていることもある。
キルハイム領の貴族たちの悪い噂を聞かないというのも、あくまで俺が知る範囲で、疑い出したらキリがない。
自分に関わり合いのある世界でもないし、追及するつもりもないんだけどね。
俺の腹の内など露知らぬ騎士は、手短に用件を伝えて来る。
「我が君『キルハイム公』より。折り入って店主殿に依頼があります。こちらを」
うはあ。
既視感があると思ったら、例のナポレオン風の衣装を纏った領主直属騎士だったか。
う、うーん。前のように栗蒸しまんじゅうを食べて帰ってくれればいいのだけど……。
新しい食べ物をご所望でも構わないぞ。彼が来襲してからかなりの食材が追加できたからね。
書状とやらを受け取り、蝋の封をぺりぺりしようとした時、高笑いが聞こえてきた。
ああああ。来たよ。来てしまったよ。じゃあ、何のために書状を渡したんだ?
騎士だけじゃなくボスまで来たとあってはマリーをそのままにしておかない方が良さそうだな。
都合よくそろそろ大工が来そうな時間帯だったので、彼女に対応をお願いした。
残ったのは俺一人である。さあ、来るがよい!
「エリック! しばらくぶりだな。『栗蒸しまんじゅう』は実にうまかったぞ。追加注文も受けてもらって迷惑をかけたな」
「い、いえ。大した量でもなかったので」
ガイゼル髭がピンと上に張り、筋骨隆々ではち切れんばかりの体つき、そしてナポレオンを彷彿とさせる衣装。
「どこの世界から来た軍人だよ」と思わせる風貌であるが、彼こそは俺たちの住むキルハイム領の領主ことクバート・キルハイム伯爵なのである。
一度だけ彼からの使者が来た事があって、栗蒸しまんじゅうを納品したことがったんだ。
それだけの付き合いだったので、俺の名前まで覚えてくれてるとは意外だった。領主ってみんなこうなのだろうか?
偉い人に一度会っただけにも関わらず名前を覚えてもらえているってのは嬉しいものだ。
その辺を分かっていて名前を暗記してい……そうには見えないな、この人。
自称天才錬金術師ほど風変りではないものの、唯我独尊を地でいくような人だと思っている。
領主だし、我が強くないとやっていけないのかもしれないよね。王とか周辺の領主たちとの関係性もありつつ、信念をもって内政しなきゃならないんだもの。
自分が良いと思ったことに絶対の自信を持てないと、領地経営をすることなんてままならないだろ。
宿の経営をするようになって改めて為政者ってすごいよなって思うようになったんだ。
俺とマリーにしか影響がない宿経営でさえあれやこれやと、明日が不安になるし、これでいいのだろうかと自問自答するんだもの。
これが何万人の領民に影響を与える領地経営となったら、プレッシャーたるや……俺には耐えられそうにない。
そこで必要なのは何者にも左右されない「我」なんじゃないかな。
なので、唯我独尊というのは領主の資質として好ましいのだと考えている。何が言いたいのかというと、この人は優れた領主なんじゃないかって思ってさ。
とはいえ、優れた領主だからといって会いたいかは別問題なんだぞ。
クバートは親指と中指をパチンと弾き、親指と人差し指で髭を挟む。
満足気? いや得意気? なのだろうか……?
「我が子、妻ともに美味だと言っておったぞ。いや、沢山寄越せと言っているわけではない。職人とは気難しいものでなくてはな。領主だからと言って無理難題を押し付けてはいけないものなのだ」
「は、はい……」
無理なら無理と断っていいってこと?
いや、領主から依頼されて「嫌です」とホイホイ言えるわけがない。
なので領主が職人に依頼する頻度と個数を忖度するってことかな。
月に二回くらいで、一回辺り20~30個くらいだったら全然余裕だけど、口にしたが最後、納品を求められそうなので黙っておこうっと。
ちなみに彼から依頼された時の栗蒸しまんじゅうの個数は15だった。
実績としても、個人経営と廃村にある月見草の状態を考慮しての依頼だったってわけだな。
圧倒される俺に対し、彼の勢いは止まらない。相変わらずこちらの話を聞かない人だよ……。
「して、我が息子のことなのだが」
「え……?」
失礼と思いつつも思わず変な声が出る。
そこでさっとカットインしてくれたのが、書状を手渡してくれた騎士だった。
「キルハイム伯爵。店主殿はまだ蝋印を剥がしておりませぬ」
「お。そうだったのか! 元々、吾輩は予定が付くか分からなかったのだ。そこで書をしたためておったのだが、予定が狂ってしまってな」
「だ、だいたい分かりました」
「分かってくれるか! お前は実に察しが良い。我が騎士のようだ」
騎士たちの苦労がしのばれる。
要はこういうことだろ。
元々都合が付かなかったクバートは、我が息子のこととやらを書状にした。
書状を届ける予定の日に空きができたので、一緒についてきたが、既に書状を事前に出していると勘違いしたってところじゃないか。
色んな書類をやり取りしているのだから仕方ないのかもしれないけど、俺としては困惑しきりである。
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