第67話 打ち解けよう

 大工たち……特にキッドの方に興味を持っている様子のジョエル。しかし、結局彼らが立ち去るまで終ぞ目を向けることがなかった。

 キッドとジョエルは三歳くらいの歳の差だし、ジョエルからすると俺より接しやすい相手なんじゃないかな。

 彼にとってキッドは少し上のお兄さんって感じだ。快活で強面のおっさんたちに囲まれても物おじせず、可愛がられている。

 俺やマリーに対しても気さくに接してくれるんだよな、キッドって。

 彼を見ていると大工たちが我が息子のように可愛がる気持ちが分かる。とにかく接していて気持ち良いんだよな。

 マリーも愛されキャラなのだけど、彼と共通していることは「朗らかさ」だ。二人の様子を見たり、喋ったりしているとこちらまで暖かな気持ちになれる。

 俺? 俺は……自分で言うのもなんだが、気難しいところがあってな。仕方ないだろ、冒険者時代の不遇さで心がささくれ立ってしまったんだもの。

 今は随分と癒されてきたけどね。

 アリアドネ、すみよん、スフィアといった強者に対してとか、天才錬金術師のような風変りな人とか、強烈な個性と接することで俺のコミュ力も上昇しているはず。

 

「ジョエルくん。さっきの大工の見習いはキッドというのだけど、一日中仕事をしているわけじゃないからお昼時に彼も呼んで食事にでもしようか」

「……」


 あれ、良い提案だと思ったのだけどジョエルがうつむいてしまった。

 彼がキッドに注目する前には事情を喋ってくれそうな感じで、少しは打ち解けたと思ってたのに。

 何か彼の気にしていることに触れてしまった?

 後ろで控える騎士をチラリと見やると、小さく首を振り苦渋の表情を浮かべた。

 分かっているのなら言ってくれりゃいいのに。騎士たちの礼儀とやらが良くわからん。

 主人の息子なので、勝手に意見することが失礼に当たるとか?

 ジョエルを待たせておいて別室で騎士と会話すればすぐに事情が分かるかもしれない……いや、主人の息子を置いて別室になんて騎士の機嫌を損ねそうだ。

 本当にめんどくさい……。こうなることを見越して主人が騎士に指示を与えていたら何ら問題が起こらないのだが、あの性格だものなあ。無理ってものよ。

 

 どうしたものかとじっとジョエルのふわっふわの小刻みに震える金髪を見ていたら、マリーが助け船を出してくれた。

 

「どうぞ!」

「あ、ありがとう」

 

 コトンとマリーが湯気を立てる湯呑を彼の前に置く。

 彼にとっても良いきっかけだったのか、ぱっと顔をあげ湯呑を両手で包み込むように掴み、すぐに手を離した。

 一方でマリーは俺にもお茶を出してくれて、後ろで控える騎士たちにもお茶を進めている。


「熱過ぎたかな? 火傷しないように気を付けてな」


 彼に精一杯の笑顔を向けぴっと親指を立てた。

 俺のおどけた態度に彼もようやく少しばかり唇を上にあげコクンと頷いてくれた。

 そして彼は意を決したようにギュッと目をつぶって大きく息を吸い込む。

 目をつぶったままそっとお茶に口をつけようとしたので、慌てて声を出す。

 

「きっとすぐに飲んだら熱いよ。飲むにしてもちびちび試した方がいい」

「綺麗な緑色だったから、いけるかなと思ったんだ」

「色鮮やかな緑だけど、ちょっとばかし苦いかもしれないぞ」

「そうなんだ」


 ははっと笑い合う。

 やっと笑ってくれたな。

 ん。彼の発言に違和感を覚える。彼の様子からして、余り熱くないと思ったから一気に飲もうとしたんだよな?

 ところが、彼は「綺麗な緑だから」と言った。

 キッドとの食事を勧めてうつむいたのは、ひょっとしたら。


「冷めてもちょっとだけにしてみてよ。ほら、苦くてぶっとなっちゃうかもしれないからさ」

「エリックさんは大丈夫なの?」

「そうさ。俺は大人だからな。苦味が分かるんだ。もっと苦い飲み物だってあるんだぞ。コーヒーと言ってさ。たまたま発見してとても気にいっているんだよね」

「へえ。どんなのなの? 見てみたい」

「よっし。待ってろ。コーヒーができるころにはお茶も冷えてるだろうから」


 騎士に目くばせしたら「行って良い」と合図を返してきたので、席を立ちその場をマリーに任せる。

 ジョエルが「見たい」と言ったから騎士たちも問題なしと判断したのだと思う。

 といってもキッチンから彼の座っている場所は見えるんだけどね。

 

 アリアドネからいただいた鮮やかな緑で抹茶に見えるけど緑茶味の苔と、コーヒーキノコが大活躍だ。

 さっそくコーヒーキノコを煎じてジョエルの元へ戻った。

 

「お。飲んでくれたんだ」

「うん! とっても苦かったよ!」

「じゃあ。こっちは無理だろうなあ」

「そんなことないよ。エリックさんが飲めるんだもん」

「えー。マジかー。マリーも試してみなよ。淹れて来た。騎士さんたちもどうぞ」

「みんなも飲んでよ。苦いんだって」


 ジョエルが声をかけると、騎士たちは一礼してから着席する。

 彼ら全員に今度は湯のみではなくマグカップでコーヒーを提供したんだ。飲み辛いことも考慮し、牛乳も用意した。

 さて。どんな反応をするかなあ。

 俺も着席したが、騎士たちは微動だにせずジョエルも俺の様子を窺っている。

 おどおどしていた少年の姿はここにはなく、朗らかに笑う少年の姿があった。これが彼の素の状態なのかもしれない。

 極端な人見知りなのか、抱えている問題に起因するのか、本当のところはもう少し接してみないと分からないな。

 ともあれ、俺にとって夜の飲もうと思っていたお待ちかねのコーヒーである。

 遠慮せずに頂くとしようじゃないか。

 まずはマグカップを持って漂う香りを楽しむ。うーん。言われなきゃこれがキノコだなんて絶対に分からない。

 コーヒー豆を知るのはこの中で俺だけなので、俺以外の人にとっては豆だろうがキノコだろうが同じことか。そう考えると少し寂しい気がする。

 気を取り直して、コーヒーの香りを楽しむ。

 んー。何度嗅いでもこの香り、たまらないな。アリアドネのところで頂いたコーヒーも格別だったが、今回も変わらず俺を楽しませてくれる。


 そっとコーヒーに口をつけた。少し熱いが華やかな苦みが心地よい。

 コーヒーはそのまま飲むに限る。

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