第68話 お嫁さん?

「に、苦いです……」

「緑のより断然苦い!」


 マリーとジョエルが渋い顔をした。

 ジョエルがコーヒーに口をつけたことで、騎士の二人もようやく一口飲んでくれた。

 元からいたほうのイケメン騎士は目を見開き、すぐに二口目を口にする。

 もう一方の騎士は一息に飲んでしまった。

 恐らくイケメン騎士の方は気にいって、もう一方は好みじゃなかったのかな?

 その証拠にイケメン騎士の方の二口目は時間をかけて味わっている様子だった。

 

「はは。ほら、牛乳を入れて飲んでみるといい」


 謎の余裕ぶった顔でマリーとジョエルのマグカップに牛乳を注ぐ。

 牛乳で思い出したが、保冷庫の中には豆乳もあるんだ。豆腐を作ることができたので、豆乳も同じく用意することができた。

 牛乳は仕入れ品なので、代用品として豆乳を重宝している。ヤギ乳もあるけどね。

 ヤギは何故か俺に辛いが、マリーによく懐いている。

 いずれ肉にしようと思っていたけど、マリーが悲しむかもしれない。肉は狩猟で豊富にあるし、ヤギには天寿をまっとうさせてやるか。

 廃村の周辺ってしばらくの間誰も住んでなかった影響で、少し探索をするとイノシシなり野鳥なりがすぐ発見できる。

 俺一人で狩猟をしても、急速に狩ができなくなることもないだろう。

 イノシシはイノシシもどきも多数含まれているけどね。動物だろうがモンスターだろうがおいしければそれでいいのだ。

 

 牛乳を入れたところ、味がまろやかになったからかマリーは「んー」と猫目を細めて満足している。

 しかし、ジョエルはあんまりな反応だった。


「牛乳が苦手だったか。聞かずに入れちゃってごめん」

「ううん。ウェイトレスさんがおいしそうに飲んでいるよ。それで僕は満足だよ」

「ええ子や……。そうだ。飲み物はどんなものが好きなの? もし在庫があったらいれるよ」

「お水が一番かな。何も混じっていないものが好きだよ。ううん、それしかちゃんと飲めないかも」


 会話の中でジョエルは自らの抱える問題を織り交ぜてくれたので、ようやく察することができたぞ。

 顎に手を当て思案顔の俺に対し、何を勘違いしたのかジョエルがとんでもないことをのたまった。

 

「あれ。ウェイトレスさんじゃなかったの? お嫁さん?」

「ぶ!」

 

 コーヒーを噴きそうになったじゃないかよ!

 ジョエルの爆弾発言にマリーが耳まで真っ赤になってマグカップを強く握りしめていた。

 俺とマリーじゃ年齢差がありすぎないか?

 猫の獣人の見た目年齢って人間と同じくらいだよな。見た目から察するにマリーはまだ10代じゃないかなあ。

 20代前半の俺とじゃ少し年齢が離れてない?

 そうでもないのか……? 

 よくわからなくなってきた。俺もジョエルの爆弾発言で混乱しているのかもしれない。

 

「お、お嫁さんに見えますか。そ、そんな。わたしなんかが……」


 恥ずかしがっているだけかと思いきや、マリーも俺と同じく大混乱中のようだ。

 ま、不味いぞ。何とか話を元に戻さなきゃ。

 

「あ、あのだな。マリーは俺がお願いして民宿の手伝いをしてもらっているんだ。ウェイトレスだけじゃなく、家畜の世話とかも」

「へえ。そうなんだ。メイドさん?」

「いや、従業員さんかな。う、うーん。それもまだ微妙なところだ。ま、まあ、従業員さんで」

「うん。分かった」


 子供ながらの純真さで爆弾発言をしてしまったんだな。悪意は無さそうなので良しとしよう。

 そうそう。マリーが従業員だと言い切るに渋ったのは理由がある。

 住み込みで働いてもらっているかとかじゃなくて、もっと根本的な理由なんだよ。

 仕事をしてもらうということは、雇うということだ。雇われた人は民宿の従業員ってなるだろ?

 だけど、雇われた人は仕事をするのだから、対価をもらわなきゃならない。

 俺はマリーに住む場所と食事を提供しているとはいえ、賃金を支給していないのだ。

 なので従業員と表現することに戸惑った。

 マリーの事情を曖昧ながらも説明したことで、俺の方は落ち着きを取り戻せたのだけど……マリーはどうだ?

 彼女はまだマグカップを両手で握りしめたまま、尻尾をびたんびたんと上下に振っている。

 大丈夫かなあ……。

 

「マリー?」


 呼びかけるが反応が無い。

 仕方ない。彼女も一緒に聞いていてくれた方がジョエルの事情を聞くに良いと思ったが、このまま進めるとしようか。

 何事も一人より二人の方が、別の角度からの意見も出るしフォローし合うこともできる。

 彼女は俺にはない視点を持っているからな。さっきのお茶出しはファインプレーだった。

 

「ジョエルに聞こうと思ってることがあったんだけど、先に我が民宿月見草の従業員を紹介しておくよ」

「お姉さんのことだよね」

「そそ。彼女はマリアンナ。みんなからはマリーと呼ばれているから、マリーと呼んでくれると嬉しい」

「分かった。僕もエリックさんに言わなきゃならないことがあるんだ。なかなか言い出せなくてごめんね」

「いいんだ。初対面の大人を前にしたら喋り辛いだろ」

「うん……知らない人は苦手なんだ。でも、エリックさんは違うよ」


 そう言って照れ臭そうにはにかむジョエルは年齢以上に幼く見える。

 キッドやマリー、そしてアリアドネから頂いた抹茶風の緑茶(コケ)とコーヒーがあって彼が喋ってくれるようになったことは喜ばしい。

 人見知りだと言うが、子供らしく思ったことをそのまま言ってくれるので分かり易くて有難い。


「は、はいい。マリアンヌことマリーです。え、エリックさんの……きゃあ」

「マリー。空いたマグカップを下げて、また戻って来てもらえるかな?」

「え、は、はいい」


 突然立ち上がって自己紹介をはじめたマリーはまだトリップ中のようだ。

 俺とジョエルの会話の中で彼女を紹介したところだけ拾ったのかな?

 ともあれ、食器でも運んで少しでも落ち着いてくれると良いのだが……。

 

「あはは。マリーさん、僕を気遣ってくれたんだね。とてもおもしろいや」

「へ、へあ。マグカップを集めますう」


 ダメだこら……。

 でも、ジョエルが喜んでくれたからいいのか、これで。 

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