第69話 味覚

 マグカップを倒しそうになりながら回収するマリーを横目でチラリと見やる。

 彼女から目を離すとちょうどジョエルと目が合った。

 朗らかに微笑む彼に俺も思わず口元が緩む。

 マグカップを手にキッチンに向かうマリーの後姿を二人で眺めながら、頃合いかと思いいよいよ彼の核心を探ることにした。

 先ほどのお茶とコーヒーで何となくなのだが、察してはいるものの彼の口から聞きたい。

 

「ジョエル。君の味覚は人と少し違うのかな?」

「その通りだよ。それで父様がいい職人がいるってエリックさんを紹介してくれたんだよ」

「職人……あの人らしいな。一応、この宿では食事も自慢なんだ」

「そうなんだ。変わった飲み物が次々と出てきて面白かったよ」


 コロコロと良く表情が変わる。これが彼本来の姿なんだな。

 味覚に問題を抱え、人見知りが激しくなってしまったのだろうか。

 俺の元で味覚の問題が解決するわけではないと思う。生来の味覚ならばそれが変わることはない。

 もし偏食なら、やりようによっては改善する可能性もある。

 

「それで、どのように感じるのかな?」

「味のことだよね?」

「そそ」

「難しいな。普通の人の味覚が分からないんだ。だけど、人がおいしいと思うものがおいしくなくて」

「おいしいと思うものはあるの?」

「リンゴとか、苦いけど野菜も」

「野菜やリンゴに何かかかってたらどうかな?」

「気持ち悪くなっちゃう。ええと、父様が変なことを言っていたんだけど……思い出せないや。ちょっと待ってね」


 ジョエルが「うーん」と両手をふわっふわの金髪の上に乗せ、目を閉じた。

 考える時に本当に頭を抱える人って初めて見たかも。

 子供っぽくて可愛いな。

 彼が考える仕草が終わるのを待っていたら、マグカップを洗ったマリーが戻って来た。

 そのまま俺の隣に座った彼女はじっとジョエルを見つめている。

 その時、パッと目を開けてコンと机を指先で突っついた彼に対し、マリーの耳がぴくんとした。

 彼女の大きな猫耳にとっては机をコンとする音でもビックリするのかも。

 

「思い出したよ。父様は『食のハーモニー』と言ってた」

「なるほど。料理ってさ、食材と食材を組み合わせて、味をつけることで食材同士が味を引き立てあってよりおいしくなるものなんだ。いや、言い切りはよくないな。おいしくしようとするもの……かな」

「そのまま食べた方がマシだよ」

「よっし、ハッキリ確かめるために何か食べ物を持ってくるよ。おいしく食べてもらおうと言う目的じゃないから、思ったままを伝えて欲しい」

「分かった」


 さてと、何がいいかな。

 なるべく分かり易く行きたいところだけど、「リンゴなら食べられるって」彼が言っていた。

 ならリンゴを使うか。

 

「ほい。これを順に試してみよう」

「甘い香りがするね!」

「匂いでおいしそうだと感じても食べたら別なんだよな?」

「そうだよ。いろんな香りを嗅ぐのは好きなんだ。アロマ? という精油を父様が買ってくれたんだ」

「へえ。いいな。精油を炊いて寝たら、いい気分で寝れそうだよ」


 さて、用意したのはシンプルなものである。

 一つはそのまま切ったリンゴ。次がリンゴをパリパリする水あめとバターで炒めたもの。最後が水あめそのままを器に入れたものだ。

 

「まずはリンゴから食べてみて、そんで水を飲んで、隣の調理したリンゴを。また水を飲んで最後は水あめを舐めてみてくれ」

「ちょっと酸っぱいリンゴだね。これなら食べられるよ。じゃあ、次行ってみるね」


 と言いつつも顔が曇るジョエル。

 しかし、俺のお願いを聞いてくれた彼はフォークに水あめとバターで炒めたリンゴを突き刺してパクリと口の中に入れた。

 直後むせてしまった彼は口に手をやり、涙目になる。

 すかさずマリーが彼の口元へ布を当て、口の中のものを出すように促した。

 

「無理しないで出してくれよ」

「う、うん」

 

 水をがぶがぶと飲んだ彼は、目をこすりつつ最後の水あめに挑戦する。


「これは大丈夫。とても甘いね。ちょこっとだけでいいかも。舌が溶けそうだよ」

「ありがとう。フルーツそのものの味なら大丈夫そうだったけど、何となく分かったよ。まだ確実とは言えないけど」

「これだけで分かるんだ。凄いね! エリックさん」

「なんとなーくだよ。ジョエルの舌は人より味に敏感なのだと思う。だから、調理すると刺激が強すぎておいしくなくなるんじゃないかな」

「そうかも。ソースがかかっていると別々? に感じちゃうみたいなことを調理師が言っていたよ」

「確かに、そう感じることもありそうだ」


 表現するなら、「味覚過敏」とでも言えばいいのかな。

 通常より味覚が優れているジョエルの舌は刺激を感じすぎてしまう。

 更に、どこで区切りがあるのか分からないけど、素材そのものの味をそれぞれ別々に感じ取る。

 リンゴ、バター、水あめを絡ませているが、それぞれ別々に感じてしまい……あ、炒めたから少しの焦げでも「苦い」と感じるのかも。

 結果的に彼は「偏食」になるのだろうけど、努力してどうこうなるものじゃない。

 クバートから彼のことを任せると依頼された手前、何かしら彼に協力する気であるが、どうしたものかな。

 自分の舌が人とは異なる。そこは彼も自覚するところだ。

 だけど、人と異なるからと言って気に病むことはなく、個性なんだって考えているのかな?

 いや、割り切れていたら超人見知りになんてなってないと思う。

 本来の彼は朗らかで表情がコロコロ変わる会話も苦にしない子供なんだ。

 よっし、俺として手伝えることが何か当たりはついた。

 

「ジョエルは父様から何て言われて来ているの? しばらく俺のところに住めとか?」

「一ヶ月後に迎えを寄越すと言っていたよ。ごめんね、迷惑をかけてしまって」

「いや、気にしなくていい。君の父からたっぷりと生活費ももらっているからさ。それを抜きにしても、ここって人が少ないだろ。ジョエルがいてくれるとみんな楽しくなるさ」

「ありがとう。エリックさんとマリーさんとなら僕も大歓迎だよ」


 ちらっとイケメン騎士に目を合わせると、彼は深々と頷く。

 お金はまだもらってないけど、「報酬はくれるんだよね」という意味を込めて彼に目線を送った。

 領主の依頼だし、彼の態度からして報酬は問題なさそう。

 と言っても、彼の生活費をもらうつもりではなく、彼の住環境を整えるのに必要な魔道具とかがあるからさ。

 その辺は領主のお金を使って揃えることにしたい。領主の息子が快適に……とまではいかずとも耐えられる環境にはしたい。

 


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