第70話 閑話 マリーのお料理
いつもエリックさんにお料理を作ってもらってばかりいるから、わたしも何かしたいなって。
でも、エリックさんに聞いて作ったんじゃ、彼に喜んでもらえないかもしれないかな?
テレーズさんがこんなことを言っていたの。
「サプライズだと普通に渡すよりもっと喜んでくれるのよー」とか何とか。
エリックさんにもっと喜んでもらいたい。わたしのお料理じゃ満足してもらえないかもしれないけど……サプライズならパワーアップするんだよね。
だったら、少しでも喜んでくれるかも!
でも、わたしはこれまでろくなお料理をしたことがないの。
わたしは生まれてからエリックさんの宿に誘われて、彼のお料理を食べるまでお料理と呼べるものに余り接したことが無いんだ。
わたしが幼い頃、お父さんは怪我で亡くなっちゃって、お母さんがわたしを育ててくれた。
お母さんは体が弱くて、それでもわたしのために働きに出てくれていたの。だから、暮らしは苦しくて生きるのに精一杯。
それでもお母さんはわたしが14歳になるまで養ってくれたんだ。だけど、無理がたたったのかお母さんは……。
わたしは元気な体だけが取り柄で、生きるために働こうとした。
でも、まだ大人になっていないわたしを雇ってくれるところはなかなかなくて。でも、お父さんとお母さんに分まで生きるんだって、猫と共に頑張っていたの。
う、うーん。暗くなっちゃった。
今はエリックさんの民宿で働かせてもらって、お腹いっぱい食べることができるし、わたしでもお役に立てているって彼が言ってくれる。
今まで人から必要とされることなんてなかったから、とても嬉しいの。これほどまで毎日が楽しくなるなんて思ってもみなかった!
ヤギのお世話をしながら、うーんと唸っていたら唐突に思い出したの!
「そうだ!」
「めええ」
突然の大きな声にヤギが驚いちゃったみたい。
「ごめんね」とヤギの首元を撫でると、気持ちよさそうに目を閉じてくれた。
お母さんがわたしの誕生日に毎年作ってくれた特別なデザート。
彼女から作り方を聞いたわけじゃないけど、何回か一緒に作ったことがあったんだ。
材料はあったかな?
エリックさんが食材を使っていいよ、と言ってくれているから少し拝借しちゃおう。
お砂糖が高価だなんて知らなくて、お母さんに酷いことを言っちゃったこともあった。思い出すと、あの頃のわたしの口を塞ぎたくなる。
たしかまだ5歳か6歳の頃だったかな。幼いから仕方ないとはいえ、「ごめんね」と謝るお母さんの足に掴まって「甘くないー」とぐずっていた。
「ごめんなさい、お母さん」と心の中で謝罪しつつ、ストックヤードの前で手を合わせる。
木箱を開けると、あった、あった。これだ。
小麦粉とリンゴ、そして、パリパリする水あめに卵。
お砂糖があるかもしれないけど、高価だから使わない。わたしの拙いお料理にお砂糖を使うなんて勿体なすぎるよ。
エリックさんのお料理でお砂糖を使うと、どれだけおいしいものができるか、想像しただけで口の中に唾液が溜まってきちゃう。
ダメダメ、彼のお料理じゃなくて、わたしが作るんだから。
お砂糖がなくたって、パリパリする水あめがあるからきっとお母さんの作ってくれたお料理に近いものができるはず!
どんなお料理かというと、お菓子なの。
「エリックさんが戻るまでに作っちゃわなきゃ」
よおし、と胸の前で両手を握りしめ気合いを入れる。
小麦粉を入れたボウルに水を注いで……あ、先にバターを入れるんだった……。
もう小麦粉に水を混ぜてしまったので、急いでバターを入れるも時すでに遅し。
「で、でも。やり直すわけにはいかないよね。勿体ないもの」
後入れバターだったけど、混ぜて捏ねる。
ある程度固まったら、またしても忘れていたことに気が付いちゃた。
こ、これで最後まで作れるのか心配になってきたけど、ずううんとしている場合じゃない。
お料理はもう進んでいるのだから。
水あめをぐつぐつして、煮詰める。三分の一くらいの量になったら火を止めて、一部を捏ねた小麦粉の塊に混ぜ込む。
ちゃんと麺棒で伸ばして、捏ねればきっと大丈夫。
「これで生地は完成!」
次はリンゴだ。
リンゴを皮ごと切って、芯を取り除く。
フライパンにバターをしいて、溶けだしたところでリンゴをそっと乗せる。
弱火で、焦がさないように焼いて水あめを絡ませた。
「た、たぶん。これで甘くなったと思う」
生地の形を整えて、完成したリンゴのソテーを並べてっと。
蓋をするように生地を重ねて、後はオーブンに。
「……オーブンの火を入れてないじゃないー! あ、で、でも。パン生地は少し寝かした方がいいってエリックさんが言ってたよ」
良かった。すぐに焼かなくて。
オーブンが暖まるまで待ってから、いよいよ生地を焼く。
「あ、ああああ。待って!」
慌てて生地をオーブンに入れるのをやめて、バターを表面に塗り水あめの残りを上からかける。
これで良し!
「そろそろかな、焦げてないかな」
不安で尻尾がヘナッとなりながら、オーブンを開けた。
ぶわっと甘い香りが鼻に飛び込んでくる。
「ふああ。匂いだけなら、満足ぅ」
ダ、ダメ。呆けている場合じゃないんだからね、マリー。
バターと水あめを塗ったからか、こんがり焼けたパイ生地がてかてかとおいしそうに輝いている。
「見た目だけなら何とかなったかな。お母さんと作ったリンゴパイ、エリックさんは喜んでくれるかな?」
胸に手を当て、ふうと息をした。
気が付けばもうすぐ彼が帰って来る時間じゃない!
急いで残りのお仕事をしなきゃね。
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