第71話 びば、びばば

 ジョエルは歳の割には体が小さく、とても華奢だ。大きな目と丸い輪郭にふわふわの金髪も相まって、事前に息子と聞いていなかったら娘と間違えていたくらい。

 彼の体が華奢なのは彼の味覚に起因することかもしれない。

 んー。肉や魚は食べられるのだろうか。


「食べられるものを教えておいてもらえるかな?」

「フルーツはそのままだったら大丈夫だよ。あとは葉とか、肉は苦手だけど味付けなしなら何とか飲み込めるよ」

「乳製品はどうだろう? チーズとか牛乳とか」

「大丈夫だよ。だけど、ヨーグルトに何かを入れる、とかすると途端にダメになっちゃう」

「ふむふむ。卵は?」

「茹でたものなら。塩を振るとダメになるかな」


 思案しつつも立ち上がる、俺に釣られるようにしてジョエルとマリーも腰を上げた。

 すると騎士たちも揃って直立する。

 騎士たちのことは考えないことにしよう。お堅いのが彼らなのだ。

 乳製品と卵を食べることができるのなら、栄養は何とかなるか。とにかく素材そのものであれば食べることができる。

 塩を振ってもダメになるとは、よくわからないよなあ。

 塩気のある食べ物でもそのままだったら食べることができるんだもの。チーズとかさ。

 深く考えるのはやめよう。

 調味料無しで素材そのままなら大丈夫。味付けをしなきゃいけると思っていたら足もとをすくわれかねないので注意が必要だな。

 ほら、油をひいて炒めたりすると味付けをしているのと同じことだろ。

 元々の素材に油が混じるのだから。肉から出る脂で焼く分にはいけそう。

 

 おいおい探っていくかあ。素材の味そのままで味付けせず、が彼の味覚に耐えうる味だと忘れないようにしなきゃ。

 フルーツみたいにそのまま切って提供できるもので肉系のような栄養を沢山とることができれば、彼の体つきも良くなるかもなあ。

 日本ならサプリメントが一杯あるから何とでもなるけど、ここにはそういう便利なものはない。

 卵で我慢……肉は無理無理飲み込むようだから「おいしく食べる」という俺の方針からするとなるべく出したくない。

 生のまま、そのままで食べられるタンパク質……大豆とか? 豆腐も試してみるかあ。加工食品だけど、試してみる価値はある。

 

 さて、おもむろに立ち上がったわけだが、もちろん理由がある。

 ジョエルは一ヶ月先まで廃村ですまなきゃならない。だけど、宿は客室を確保するためにこれ以上部屋を減らすのは難しいよな。

 となると、外で彼の住処を確保しなきゃならん。

 さっそく彼の住むところをどうしようかと家の外に出てみたものの、使えそうな家屋ってないんだよな。


「エ、エリックさん。あ、あのですね」


 扉口でマリーが俺の服の袖を指先で挟み、恥ずかしそうに上目遣いで俺を見上げて来る。

 どうしたんだろう。

 

「ジョエルくんの住むところなのですが、わたしのお部屋はダメでしょうか」

「そうなるとマリーの部屋がなくなっちゃうよ。でも、万が一の時はジョエルには俺の部屋を使ってもらう」

「で、でしたら。エリックさんはわ、わたしのお部屋を使ってください」

「それだとマリーがぐっすり休めないだろ」

 

 そう言うと「あ、あの、あの」と言いながらマリーが口ごもってしまった。

 俺は馬小屋ならぬ厩舎で藁を敷いて寝るのでも全く苦痛じゃない。冒険者時代は何もないところで数週間とか何度もあったからさ。

 馬小屋と野宿じゃ天と地ほど違うんだぞ。藁は柔らかいし暖かい。そして、雨風を凌ぐことができる。

 木の下だといつ何時襲撃があるか分かったもんじゃないし、寝袋だけだと寝心地も悪い。

 それに比べりゃ馬小屋は天国だぜ。ははは。

 

 俺とマリーのやり取りを聞いていたジョエルが肩を竦め口を挟む。

 

「エリックさんの宿に迷惑をかけるわけにはいかないよ。父様の無茶な要求に従う必要なんてない」

「本当に無茶ならちゃんと言うよ。俺には案があるんだ」

「男爵が大工を連れて来ていると聞いたよ。でも、家って一日で建つものじゃないよね?」

「そうだな。大工たちはかれこれ一週間くらい作業をしているけど、まだまだかかりそうだ」


 そうだよな。うんうん。

 普通、家を建てるとなると数日じゃどうしようもない。簡易的な家屋なら何とかなるのかも。

 寝泊まりできる馬車を引いてくるのが最も現実的だ。ひょっとしたら持ってきているのかもしれ……いや、あの父様じゃそこまで考えないか。

 きっと彼の頭の中では、栗蒸しまんじゅうがおいしかった。なら、息子の偏食も彼のところに行けば改善するかも、よしよし突撃だー。

 って思考じゃないかな。

 綿密に計画を練っているとは思えない。

 

「一つ案があるんだ。たぶんいると思うんだけど……」

「そ、そちらに向かうのですか」

「マリーはジョエルとここで待ってて。スフィアのところに行ってくるから」

「は、はい」


 カブトムシの鎮座する小屋の方へ体を向けたら、あからさまにマリーが動揺する。

 苦手なものは苦手で仕方ない。いくらカブトムシが有能でも生理的に受け付けないのなら無理に接することもないだろうて。

 小屋の隣にあるスフィアの家まで歩いていたら、小屋を通り過ぎたところで不審な行列を発見した。

 先頭は探していたワオキツネザル。両前脚でリンゴを抱えてご機嫌にこちらに歩いてきている。

 彼の後ろには口でニンジンを咥え、両前脚でリンゴを持つビーバー四体が続く。

 綺麗な列をなしてスフィア宅に向かっているようだが、そのリンゴとニンジン……宿のストックじゃあないのか?

 

「エリックさーん。リンゴもらいますねー」

「ま、まあいいけど……ちょうど良かった。いずれにしろ、リンゴやニンジンを報酬にお願いしたいことがあったんだよ」

「ワタシにですかー?」

「ワタシとビーバーたちにだよ」

「いいですよー。ビーバーもいいですかー?」


 後ろに顔だけ向けたすみよんがビーバーたちに尋ねる。

 対するビーバーたちは歩を止め、揃ってニンジンを地面に置いた。


「びば」

「びばばばば」

「いいそうですー」


 鼻をひくひくさせて鳴くビーバーたちとすみよんは意思疎通できるらしい。

 すみよんとビーバーたちがのそのそ動き、俺を取り囲んだ。

 リンゴとニンジンを持ったまま……。

 メルヘンチック? んなわけない! こんなもの絵本に出て来るような絵面では決してないだろ。

 子供が泣くわ。

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