第72話 びばだそうですー

「びば」

「びばば」

「『びば』だそうですー」

「分かるかー!」


 びばびばと鳴いているのは聞こえた通りで、すみよんが翻訳してくれたのかと思ったら……で、つい大声で突っ込んでしまった。

 すみよんは悪意あってやっているわけじゃないんだよな。

 動物と人間の考え方の差は大きい。

 他人事だったら漫才を見ているようで面白いんだろうけど、当事者なものだから真剣なのだ。

 小人族と人間は種族差が大きいが、違和感を覚えることは殆どない。

 服を着るし、入浴も習慣もあり、サイズが違うだけで人間と考え方が似ているのだと思う。

 動物と会話できたり、と人間にはない特性を持っていたりするが、言ったことが伝わる。

 一方ですみよんは少し違う。

 言ったことを「そのまま」受け取ることが多々あって、中々難しいんだ。

 アリアドネの巣に行った時にはそれで危ない目にあった。まあ、俺の不注意と言えばそれまでなのだけどね。

 もちろん、すみよんに対し恨む気持ちなんて全くない。

 むしろ彼には感謝しきりだよ。カブトムシのこととか記憶に新しい。

 どこからあれほど有能な騎乗生物を見つけてきたのか分からないけど、すみよんだから何でもありだ。

 何しろ彼はあの赤の魔導士の師匠なのだから。

 赤の魔導士は冒険者界隈で伝説となっている超級の元冒険者だ。冒険者が本職じゃなかったんだろうな。

 腰かけ程度冒険者をやっていた時に個人として最高ランクに認定されていた。

 そんな彼女の師匠なんだぞ(二度目)。

 雲の上のような存在の人でも、強大過ぎるモンスターでも、おとぎ話の世界のような小人たちでも接してみたら案外普通の人なんだ。

 考えてみれば当たり前で、偉人も俺と同じ人間だからね。

 逆に見た目、何の変哲もない小動物でもとんでもない力を持っている者たちもいる。

 そう、両前脚でリンゴを持ち口にニンジンを抱えた小豆のようなつぶらな瞳のふさふさビーバーたちのような。

 

「ビーバーたちって何て呼べばいいのか」

「びば」

「びばば」

「……ビーバーでいいかな?」


 鼻をひくひくさせるだけでよくわからない。「びば」と鳴くためにわざわざニンジンを地面に置く姿が可愛いと言えば可愛いけど。

 びばびば鳴くならしばらくニンジンを地面に置いたままにしておけばいいのに、何て考えるのは俺が人間だからだろう。

 どうやら、ビーバーたちには名前を付ける習慣はないらしい。

 一応すみよんがビーバーたちに俺の言葉を伝えてくれているみたいで、それでも名前については特にビーバーたちから返答がなかった。

 正直なところ、名前があっても個体の識別ができないので助かる。

 

「すみよん、ビーバーたちにさ。家を作ってもらえるように頼めないかな」

「どんな家がいいんですかー」

「スフィアの家と似たようなもので。細かい指定もできるの?」

「無理でえす。すみよんが家というものがよくわかってませんのでえ」

「そういうことか。部屋なら分かる? 階段とかも」

「なんとなあくでえす。住む人数だけ決めて後はお任せでいいですかー?」

「そんなアバウトなのでも完成するのか。ビーバーすげえ。あ、トイレ用の個室が欲しい」

「分かりましたあ。一人分のベッドやらもお任せで作りますよお」

「うん。スフィアのところと似たような感じで。酒蔵は要らないよ」


 思った以上にアバウトな依頼方法だった。

 まあ、ビーバーたちは人間の住むような家には住まないし、細かい指定は難しいか。

 それでも彼らが人間の家というものを知っていることに驚きだよ。

 ビーバーたちの建築能力は既にスフィアの家で実証済みである。

 丸太を切り出し、見事なログハウスを作ってしまうのだ。

 人間の大工に頼むと数週間がかりでやるところをビーバーたちなら僅か一日で完成する。

 一日というのはスフィアの家が僅か一日で建っていたから、実績ベースならそんなもんかなって。

 一週間くらいで完成となっても、相当早いし、それでも問題ない。

 ジョエルのような人が今後も来ないとは限らないのと、彼が去った後には他の用途に利用してもいい。

 

「あ。ごめん。もし可能だったら部屋を二つにしてもらえるかな?」

「頼んでみますねえ」


 他の用途ってところでふと思いついた。一部屋より二部屋あった方が何かと便利だ。

 俺とマリーが民宿で暮らすのをやめて、ジョエルが使った後に新ログハウスで夜を過ごすこともできる。

 すみよんが口元を小刻みに動かし、「きゅうきゅう」と鳴く。

 すると彼の鳴き声に呼応するかのようにビーバーたちが「びばば」と鼻をヒクヒクさせた。

 動物園の微笑ましい光景に見えるが、すみよんがビーバーたちに依頼をしてくれている様子である。

 

「びば」

「びばば」

「ニンジンとリンゴを一人10個欲しいと言っていますー」

「もちろんだ。それぞれ50くらいあるから全部持って行ってもいいよ」


 ビーバーたちが「びばば」と騒ぎ出した。

 ほんのちょこっとだけサービスしただけなんだけど、大盛り上がりである。


「すぐにやると言っていまーす」

「もう昼前だけど、中途半端で終わるより明日からの方がいいんじゃ?」

「問題ありませーん。ちゃんと記憶できるんですよー」

「任せるよ。場所はスフィアの家と反対側でお願いしていいかな?」

「分かりましたー。すみよんにもリンゴくださーい」

「リンゴはビーバーたちにあげちゃうから、ブドウかビワでもいい?」

「よいですよー。ちゃんと仕事しますよお」


 家を建てるのはビーバーたちだけの力だと思っていたら、すみよんも噛んでいるらしい。

 丸太を運んだりするのを手伝っているのか、建築監督者みたいに指示を出したりしているのかどのような活躍をするつもりなのか謎である。

 俺としては家ができればそれでいい。


「住む人を紹介するよ……って」


 すみよんとビーバーたちは既にいそいそと森に向かってしまっているじゃないか。ニンジンとリンゴを持ったまま。

 ま、まあいいか。丸太を持って戻ってきたら挨拶に行こう。

 俺は待たせているマリーたちの元へ向かうとするか。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る