第73話 リンゴがないならブドウでえす

「家は何とかなりそうだよ」

「大工さんたちに頼んだんですか?」

 

 ジョエルとマリーは宿の食堂で騎士たちと共に座って待っていてくれた。

 さっそく家の件を伝えたところ、マリーが目を白黒させて驚いている。あれ、さっき説明をしていなかったっけ。

 確か「スフィアの家に行く」と伝えていたと思ったのだけど、俺の勘違いだったかもしれないよな。

 しかし、もしビーバーたちが家作りができることを彼女が知っていたとしたら、大工とはならないと思うんだ。

 疑問を抱く一方で興味深そうに目を輝かせていたジョエルが先んじて声を出す。


「家が建つところって面白そう! でも、エリックさん、本当にいいの? 僕は一ヶ月の滞在予定だよ」

「ジョエルは何も気に病むことなんかないよ。元々宿の部屋数を増やしたかったんだ、な、マリー」


 不意に話を振られたマリーがブンブンと首を縦に振る。

 話が途切れたところで彼女の疑問について尋ねることにしよう。


「マリーにはスフィアの家が建った時の話をしていなかったっけ?」

「赤の魔道士様のお家は『大魔法』で生まれたのですよね。大魔導士様のお家に伺うと聞いていましたが、それほどの大魔法を即答で受けてくださるとは思っておらず」

「それで大工にと聞いて来たんだな。でも、頼んだのはスフィアでなく、彼女の師匠に頼んだんだよ」

「赤の魔道士様の先生! 近くにいらしてるんですか!? わたしにも会ってくださるんでしょうか……」

「気位の高い人ではないし、会いたければすぐにでも会えるよ」


 やはりだったか。スフィアの家に行くと伝え忘れたにしても、大工と質問が来たのは話が繋がらなかったんだ。

 それにしても、彼女は「お偉いさんだから下々の者は気軽に会うことなんてできない」とでも考えたんだろうか。

 王侯貴族じゃないんだし、リンゴを持ってスフィアの家に行けば勝手に寄ってくる。

 しかし、マリーはすみよんのことを知らなかったんだっけ?

 説明した気がするんだよなあ。抜けが多すぎるな、俺……。


「うお」


 頭の上に何か柔らかいものが乗っかったようだ。次から次へと忙しい!

 一体どこから? 疑問を抱くや否やすぐに答えが分かった。


「エリックさーん。リンゴ……は無いんですね。ブドウ、ブドウくださーい。甘いのがいいでーす」

「いつのまに! ブドウは報酬で持っていっていいってば」

「上からでえす。呼ばれた気がしたので来てみたんですよ。ついでにブドウも頂けば一石二鳥でえす」

「上って空飛んで来たのかよ。ここ、屋内だぞ」

「想像に任せまーす」


 ビーバーと木の伐採に行ったんじゃなかったのかよ。

 一体どうやって俺に全く気が付かれずに頭の上に乗っかったんだ。

 ここは民宿の中だから、上から来るにしても天井がある。

 可能性は二つ。スカウトらが使う隠遁術ステルスを使って俺の足もとまで忍び寄りジャンプした。

 もう一つは伝説の転移魔法で俺の頭の上にテレポートしてきたかも。

 ……なんかもうすみよんに突っ込むのも疲れてきた。

 彼についてはそう言うもんだと考えることにしよう。

 両手をあげてむんずとすみよんのふさふさのお腹を掴み、顔の前に持ってくる。

 すると長い縞々の尻尾が俺の鼻をくすぐってきた。


「は、はくしょん!」

「落とさないでくださーい」

「そら落とすわ!」

 

 くしゃみをすると同時にするりとすみよんが手元から落ちてしまった。

 俺たちのやりとりにジョエルが声を上げて笑っている。笑い過ぎて苦しくなったのか涙目になり体をくの字にするまでになっていた。


「今日はブドウでいいんですか?」


 笑いを堪えて頬が真っ赤になっていたマリーが苦しそうに何とか声を出す。

 笑いたいときは笑えばいいんだぞ。失礼とかそんなことは考えなくていいんだ。


「ブドウでえす。甘いでーす」

「ちょ、待て。マリーと既に知り合いなのは何ら不思議じゃ無い。が、マリーからリンゴを貰ってたりする?」

「そうでえす。エリックさーんに貰わない時だけですよー」


 マリーには宿にある食材ストックを自由に使っていいと伝えてある。

 もちろん、自分が食べる分以外も含んで、だ。

 動物好きの彼女は小鳥や小動物に餌をあげることもあるからさ。食材のストックはいつも過剰になるほどなので、彼女が使ったところで宿の食事に影響はでない。

 そうそう。餌といえば小鳥にあげるのはどうかと思ったけど、咎めることはしなかった。

 何で小鳥がダメなんだって?

 それはほら、猫がいるだろ。せっかく可愛がっていた鳥が彼女に会いに軒先でとまったとしたら、そこに猫が現れて……なんて展開になるんじゃないかと懸念したんだよ。


「マリーはすみよんのこと、どこまで知ってる?」

「どこまで……とは。お喋りするワオ族のもふもふさんです」

「名前はすみよん。スフィアの師匠だよ」

「え、えええええ!」


 今日一番の叫び声が宿に響き渡った。

 騎士もジョエルもすみよんが喋ることに驚いた様子を見せていたけど、叫びまではしていない。

 マリーの驚きは相当なものだったということだ。

 それにしても、お喋りする動物を普通に受け入れていた方が驚きだよ。

 どう見ても喋るような身体構造をしていないだろ。それが普通に喋るんだから、只者じゃないって分かるじゃないか。

 喋ることの方がすみよんの持つ強力な能力よりも驚くものだというのが個人的な感想である。

 

 ん。ふと遠巻きに俺たちを見守り一言も言葉を発しない騎士の一人と目が合う。

 し、しまったあああ!

 

「すみよん、今からでも家の間取りの注文を変更できるかな?」

「いいですよー」


 すみよんの回答にホッと胸を撫でおろし、改めてジョエルに顔を向ける。


「ジョエル、身の回りの世話役も同行するのかな?」

「うん。言ってなかったよ。ごめんね」

「いやいや。俺が聞くべきだった。何人かな?」

「騎士が一人とメイドが一人かな。僕としては一人でもいいかなと思ってるんだけど」


 そう言うわけにはいかないよな。領主の息子を一人で廃村に置いておくわけにはいかないって。

 ん。メイド?

 この場にはいないな。一緒に来ているんだったらそのうち紹介を受けるから今はいいか。

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