第74話 やはりカブトムシはよい
「ジョエルさまあ」
「エリックさんー、やっぱりダメですう」
マリーが二人いるように錯覚する。いや、彼女はマリーではない。
涙目で俺を見上げぎゅっと俺の服の袖を握りしめているのがマリーである。
一方、マリーと錯覚した「犬耳」の彼女はジョエルのメイドだ。
彼女はジョエルの後ろに隠れ「ごめんなさい、ごめんなさい」と繰り返している。
主人の後ろに隠れることはメイドマナー的にアウトなのだろう、きっと。
ここに至るまでどうだったのかというと、話せば長く……はならないな。
ジョエルとちょうどメイドの話をしていた時に「ジョエルさまあ」って荷物を抱えたメイドがやって来たんだ。
荷物が大き過ぎたのかよろけて落としてしまう。
「ごめんなさい」を繰り返す彼女に対し誰よりも素早く反応を返したのがご主人様のジョエルであった。
彼女がそそっかしいのは日常茶飯事なのか、慣れた様子で「問題ない」と彼女の背へ手を当てる。
彼の別の一面を見た俺は、歳の割に大人っぽいな、といった感想を抱く。
俺と接していた時は子供ぽい仕草や反応が多くてほっこりしたのだが、部下をちゃんと気遣える姿はさすが領主の息子だなあと思ったんだ。
さてさて、彼のメイドとはそんな出会いだったのだが、馬車に荷物があると聞き騎士と共に荷物運びを手伝おうとなった。
そこで今更ながら「そうか、馬車か」と察しの悪い自分にへこむ。
馬車に暮らすための一通りの荷物が積んであり、最悪宿が無ければ馬車で寝泊まりだってできるだろう。
「ジョエルのみ馬車で」となり、メイドと騎士は野宿になっちゃうかもだが。
メイドとのやり取りの様子を見る限り、ジョエルはメイドと騎士を野宿させ自分だけ馬車で寝ることを嫌うと思う。
寿司詰めになってでも一緒に寝ようと彼が提案したところで、主人の寝る環境をより悪化させる提案を彼らが受け入れることもなさそうだ。
単に馬車のことまで考えが及ばなかっただけだけど、早急に部屋を準備しようと動いたのは正解だった。
外に出てところで、猫がとことこと横切ったんだ。
それに反応したのがお坊ちゃまである。お屋敷だと猫に会うこともないからか、マリーなら尻尾を振っていると思うほど目を輝かせる。
そうなると当然彼は猫の元へダッシュだよ。
対する彼にロックオンされた猫は厩舎の壁の下をするりと抜けて行った。厩舎は壁の底の方が開いている作りになっていて水が抜けるようにしているんだよね。
何かと水を使うこともあるし、掃除する時に水はけが良い方がやりやすい。
「エリックさん、何あのカッコいい馬!?」
猫を追いかけて厩舎に入ったジョエルの興味の対象が完全に別に移る。
両手を広げてブンブン振り、呼びかけてくるのでもちろん彼の元へ行ったさ。
騎士も含めて全員でね。マリーは戸惑い耳がペタンとなっていたけど、意を結したようにギュッと手を握り、俺の後ろに続いた。
厩舎で待っていたものは、美しくブルーメタリックに輝くカブトムシである。
馬やロバと異なり、なんと威風堂々とした姿だろうか。いななくこともなく、微動だにせず鎮座していた。
カブトムシの輝ける姿を見たメイドとマリーが悲鳴を上げたのが今である。
経緯説明は短いと言いつつ案外長くなったな。
要は民宿の外に出てカブトムシにあったってことさ。
「エリックさん! なんという生き物なの?」
「こいつはジャイアントビートルという騎乗生物なんだ。とあるテイマーさんに譲ってもらったんだよ」
「やっぱり馬じゃないんだね。いいなあ、父様も馬をやめてジャイアントビートルにしたらいいのに」
「はは。結構珍しい生物らしいんだよ。馬より速くて重宝してる」
「すごい! 綺麗な色だしカッコいいよ。触ってもいい?」
もちろん、と頷くと呼応するようにカブトムシが一番前の右脚をひょいと上げる。
「きゃ」
「ひいい」
微動だにしなかったカブトムシの動きにマリーとメイドから黄色い声が出た。
分かってる本来の意味での黄色い声でないと言うことは。まあいいじゃ無いか、楽しく行こう。
やはり少年にとってカブトムシとはアイドル的なものなんだな。カブトムシに触れるジョエルの顔を見てたら、微笑ましい気持ちになった。
俺にもこんな少年時代があった……たぶん。
前世の子供時代の記憶はかなり朧げだけど、野山でバッタを捕まえて虫かごに入れて、とかやっていたらいつの間にか大量にバッタがとれてさ。
家に帰って全て虫かごの全てを解放したら……こっぴどく怒られたことだけ覚えている。
碌な記憶じゃないけど、今となっては楽しい思い出の一つだ。
「たまにジャイアントビートルの洗車をするんだけど、良かったら一緒にやろう」
「楽しそう! メリダがお掃除しているところを見るけど、僕もお掃除ができるようになりたいなって。ジャイアントビートルなら大歓迎だよ」
「お屋敷じゃあできないことをここでやろう。ここには何もないけど何でもある」
「あはは。よく分からないや」
「俺もよく分からなくなってきた」
お互いに声をあげて笑う。
ここには街のように何でも揃っているわけじゃない。だからこそ、ここでしか出来ないことが沢山あるんだ。
ジョエルの場合は普段領主の息子ということもあり、何不自由ない暮らしをしている。だけど、掃除やら狩……は危険だからダメか。
何にしろ。いつもはお坊ちゃんだからと制限されていることを思いっきり体験してもらうつもりだ。
彼の鋭敏過ぎる味覚による偏食はどうにもならないけど、せっかく来てくれたからには別のことで彼の糧になるようにもてなしたい。
大層なことが出来るのか、と問われると首を振ってしまう。だけど、気持ちだけは持っている。
笑いながらもジョエルはカブトムシの角に触れご満悦な様子。
ん、カブトムシを見ていて思い出した。
明日、カブトムシに乗って行ってみるか。家の建築状況次第だけどね。
俺が頼んだことだからビーバーたちの対応はちゃんと自分で対応するつもりなんだ。
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