第75話 ね、寝、ひゃあ

「噂に聞く蒸し栗まんじゅうを食べることができるなんて! ビワゼリーもとても美味しいです! いえ、甘い食べ物だけじゃなく貝柱のパスタも絶品です !初めての味付けでしたが、絶対にお屋敷で出しても好評に違いないです! 凄い調味料です!」


 突如饒舌になったジョエルのメイドことメリダ。食べる時の表情がマリーそっくりである。犬耳と猫耳の違いがあるけど、同じように獣耳をペタンとさせてシンクロしていた。

 喋り過ぎたと思ったのか、メリダが真っ赤になってうつむく。

 騎士のうちクバートと共に来たイケメンの方は荷物運びの後に主人であるクバートの元へ向かった。

 残った俺と同じくらいの歳に見える青年騎士にもジョエルとメリダと一緒に食事をとってもらっている。

 騎士ってやつも大変だなあ。ずっと主人であるジョエルを護衛するのが仕事なのだろうけど、喋ることまで制限されているように思えた。ジョエルはまだ若く気さくな方だから、場所を選んでもう少し砕けて喋ってもいいんじゃないかな。

 その方がジョエルにとっても喜ばしいのではないかと思う。

 他人の家のことに俺が口出しするのは憚られるので、心の中で思うに留めておくことにしている。つい、ぽろりと口にしないように気をつけないとな。

 失言で失敗したことは一度や二度じゃない。


「何度食べても美味しいです!」


 メリダと同じ顔をしたマリーも満足気だ。

 ジョエルの希望で一緒に食べたいとのことで随分待たせてしまったものな。

 みんな相当お腹が空いていたはず。

 食事はいつものごとく宿の宿泊業務が終わってからになる。早めに就寝する冒険者だと、そろそろ寝ようかとする時間だ。

 料理に満足してくれたメリダとマリーに対し、ジョエルの分は個人的に不満の残るものになった。

 そうそう、騎士にもマリーたちと同じ食事を提供したのだけど、思わず上がる口元なんかから多分満足してくれてると分かった。


「もうちょっと美味しく食べられるものを模索していくから楽しみに待っててくれよ」


 俺がそう言うとジョエルが微笑みを浮かべ、こんなことを返す。


「僕の味覚が変なのだから仕方ないよ。でもさ、こうしてみんなでお喋りしながらの食事って楽しい!いつもは一人か父様とだもの。メイドも執事も騎士も、いたとしても後ろで黙ってるだけ」

「遅い時間でよければ明日からも一緒に食べよう」

「うん。メリダの楽しい一面も見れたしさ」

「ジョ、ジョエル様あ。切に切に申し訳ありません」


 俺たちの会話に頭を擦り付けんばかりにして割り込み謝罪するメリダ。

 恥ずかしさからか顔が真っ赤になっている。

 そんな彼女を笑みを崩さず見ていたジョエルが騎士に目を向ける。


「ランバートもお屋敷じゃないのだから、もっと砕けた感じでいいんだよ」

「滅相もありません!」


 話しかけられた時のみ口を開く若手騎士ことランバートは襟首を正し会釈した。

 お堅い彼にジョエルは続ける。


「あはは。団長の一番弟子と言われるランバートだけあるよ。でも、ランバートにはランバートの考え方があるんだよね。僕は命じることが好きじゃないんだ。だから、ランバートの思うままでいいよ」

「有難きお言葉。このランバート、ジョエル様を御守りする任に当たらせていただき、恐悦至極にございます!」


 ほらね、と困ったように俺に顔を向けるジョエルに微妙な笑みを返してしまった。

 おっちょこちょいだけど真面目で誠実なメイドに、お堅過ぎる騎士と天真爛漫な主人。

 良い組み合わせと思うよ。

 だってジョエルが素の状態で接することができている二人なのだもの。

 最初、彼に会った時の引っ込み具合を思い出してみると、あまりの差に本当に同一人物かと疑うほど。


「よっし。片付けるとするか。ジョエル、今晩は俺の部屋を使っていいからね。ランバートは同室でジョエルを御守りするんだったよな」


 俺の言葉に二人がこくりと頷く。メイドのメリダは乗ってきた馬車でお休み予定だ。

 ビーバー建築が終わるまではこの体制で夜を過ごす所存である。


 解散し、ジョエルとランバートと共に一風呂終えてタオルを干しに2階に上がると、マリーが自分の部屋の前で待っていた。

 彼女はメリダと一緒に風呂へ行ったのだけど、まさか男たちより風呂からあがるのが早いとは、と少し驚く。

 浴衣から除く首元を桜色に染めたマリーがおずおずと口を開いた。


「あ、あの。エリックさん」

「随分早いんだな」

「メリダさんがとても早くて。メイドたるもの、とか言ってました」

「そうなんだ。風呂くらいゆっくり入ればいのに」

「いつもはお屋敷のメイド専用の湯浴みで、体を拭くのだそうです」

「主人に仕えるために身綺麗にしなきゃだものな」


 この世界の一般人は風呂に入る習慣がない。宿に泊まっても風呂があることの方が稀だ。

 それでもずっとそのままなのかというとそうではない。二日に一回くらいは水桶と布で身体を綺麗にする。

 こうして毎日風呂に入ることができるのは、贅沢なものなのだ。

 貴族や富裕層以外で毎日風呂に入ることのできる層は俺のように風呂付きの宿を経営している者くらいじゃないかな。

 貴族に仕えるメイドや騎士は主人の手前、身体を清潔に保つ必要がある。

 なので、お屋敷には彼らのための施設があるというわけだ。

 水じゃなく湯浴みというのは中々に贅沢なものなのだよ。お湯を沸かさなきゃならないからね。水より湯の方が汚れが落ちるから、という快適さじゃない理由で湯になってるかもしれないけど。


「あ、あの」


 また振り出しに戻った様子……。

 俺が変に話を変えてしまったからだな。

 遠慮がちなマリーが何か言いたげにもじもじしている。


「どうしたの? 何か問題があったかな? メリダと一緒に寝たいとか?」

「ね、寝、ひゃあ」


 尻尾を逆立てたマリーが自室に引っ込んでいった。

 気になるけど、明日聞いてみるとしよう。今日も色々あって既に眠気が半端ないからさ。

 カブトムシの鎮座する厩舎は広く、あと三体くらいカブトムシが入るほどなんだ。

 藁も積んであって、そのまま寝ることができるようにしてある。

 今夜はカブトムシと共に夜を過ごすのだ。


「ふああ」


 やばい、立ったまま寝そうだよ。

 すぐさま厩舎に移動する俺であった。

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