第15話 うどんレベル100

 いい香りだ。

 茹で上げた麺を器に盛り、熱々の汁を注ぎ込む。

 

「お待たせー。順番に持ってくるから冷める前に食べてくれ」

「『うどん』か……。腹ごなしには悪くない」


 一番近くにいたライザがまず器を受け取った。

 「せっかくなら栗蒸しまんじゅうをお腹いっぱい食べたかったかな」なんて言っているテレーズも手招きしてテーブルの上にトンと器を置く。

 何て感じでマリー以外の全員に配膳を済ませる。

 

「ほい。マリーの分」

「ありがとうございます! こちらも蒸し終わりを待つだけです」


 栗蒸しまんじゅうは出すと約束しているから、ちゃんと準備したぞ。マリーが。

 

「おーい! エリック。この『うどん』もう一杯欲しい」

「私も頼む」


 ゴンザとライザの声。

 お、おお! これまで「おかわり」なんて出たことが無いうどんに……今回は極上の一品となったか?

 

「汁が残っているみたいだったら……うん。了解」

「このスープが絶品になっていたぜ。ザルマンももう一杯だってよ」


 ゴンザが顎でスキンヘッドを指すと、彼は器から口を離さぬまま手をあげる。


「グッとおいしくなってます! エリックさんの研究成果の賜物ですね」

「よかった。隠し味が功を奏したみたいだな」

 

 マリーは猫舌なのでふーふーと冷ましてから食べていた。

 一番うどんを食べている彼女からも高評価をもらい、これでうどんは完成したと確信する。

 彼女はピンと尻尾を立て、興味津々の様子だ。

 

「隠し味? どのようなものを?」

「ひしお……いや、ジャンの方がいいか。ジャンって聞いたことがある?」

「いえ。どのようなものなのですか?」

「粘性を持つ調味料のことなのだけど、いろんなものを材料にして調味料にしてみたんだ」


 ひしおとジャンは漢字で書くと同じ「醤」となる。

 醬油、豆板醤とうばんじゃんといった感じに。

 塩と昆布を煮込んだだし汁しかない状況で、これでは味の表現にも限界がある。

 そこで俺は、肉や川魚を塩漬けにしたものや、大豆や小麦を発酵させてみたもの、果物をすり潰したもの、など様々なものを試した。

 大豆は街から仕入れたもので、グラム単価が小麦より高い。豆のスープは一般的な家庭料理で、大豆以外にもいろんな豆を混ぜ込む。

 そもそも大豆は別の目的で仕入れたものだったのだけど……発酵させようとしたのも別の目的のためだった。

 しかし、大豆を発酵させることから肉醤、魚醤の考えが浮かび、果物も試してみようとなったのだ。

 

 醤油の原料には大豆と小麦も使われているみたいだし。醤油を作ることが出来ればベストなのだけど、素人が醤油の作り方なんて知っているわけがなく、すぐに諦めたよ。


「調味料……ですか。他のお料理にも活かせそうですね!」

「うん。今回は使ってないけど、自家製の酢なんてものもできたんだ。結構なんでも作ることができるもんだね」

「そうなんですね!」

「それと、これ。別バージョンのうどんの汁に使おうと思って」


 素焼きの壺をよっこいせっとマリーの前に置く。

 コクリと頷くとマリーが木の蓋を開ける。

 中には琥珀色の塊が入っていた。


「これは、見たことが無い調味料です」

「そのまま舐めると少し辛いかも。スープくらいだったらまだ飲めるかな?」

「もちろんです!」

「よっし、じゃあ、具は……キノコと山菜でいいか」


 鍋に水を張り、琥珀色の塊をスプーンですくう。

 こいつは味噌だ。そろそろ熟成してきて食べごろになっている。

 味見は白みそよりの合わせ味噌って感じかなあ。これも、別のものを作ろうとした結果、たまたま出来上がったもの。

 味噌に関しては幸運以外何者でもない。味噌と醤油は手に入るものなら絶対に手に入れたいと考えていたんだよな。

 ん。さっきから出ている別のものって何なのかって?

 そいつは大豆を発酵する、という発想から連想するものだよ。

 そう。あのねばねばした納豆さ。

 前世では好きだったんだよね。毎朝食べてもいいくらいには。

 

 ぐつぐつと煮立ってきたので、昆布を元に作った乾燥出汁の粉をパラパラしてキノコと山菜を投入。

 火力を落として、味噌を溶かし完成だ。

 

 匂いに釣られてお手伝いに出張ってくれている他のみんなもいつの間にかキッチンに集合していた。


「ほお。中々いい匂いじゃないか」

「これは興味深い」


 ゴンザとポラリスが鍋を覗き込む。いつの間にこの二人は仲良くなったのだろうか。

 ゴンザは見た目こそいかつすぎるけど、親しみやすい奴なので彼なら誰と仲良くなっていても不思議じゃないか。

 裏表無く、相手の身分や職業で態度を変えたりしないからな。俺も冒険者時代には随分と彼に助けられたよ。

 主に精神的にね。

 

「エリック。これはいい。これはいいぞ。常温でどれくらい持つんだ?」

「う、うーん。試してないからなあ。乾燥させておけば一ヶ月くらいは余裕じゃないかな」

「ドライフルーツみたいなものか。それなら、数ヶ月はいける」

「お、おう……」


 目の色をかえてすごむのはライザだ。

 冒険者の野外での食事は鍋で何かを煮るか焚火で焼くかのどちらかになる。

 冒険者にとって食事はとても大切なものである。しっかりと食事をとって休息をすることで翌日の活力となるからな。

 体力勝負だから、元冒険者だった俺にも彼女の気持ちは分かる。

 みそ汁があったらなあと思ったことは一度や二度じゃないもの。

 今度はテレーズだ。わざとらしく俺にしな垂れかかってきたのでひょいと体をずらし回避した。

 

「ねね。エリックくーん。これ欲しいー」

「まだ開発中なんだって。売るにはまだまだだよ」

「えー。あ、そうだ。一つ気になっていたことがあるの」

「ん?」

「宿で出す食事にはヒールをかけてるでしょ?」

「ま、まあな」


 バレていたか。俺のヒールは持続力勝負だ。体に触れている時間が長ければ長いほどいい。

 だから、客室の布団には毎日ヒールをかけ直しに行っている。

 食事は消化しちゃうとヒールの効果がきれるみたいだから、それほど回復効果はない。だけど、水も含めて「積み重ね」って奴が大事なのだ。


「ヒールをかけたお水だったら、お水でも売れると思うよ?」

「それはダメだ。少なくとも今はね」


 水を売って大儲けする。確かに魅力的な話だ。

 お土産にヒールを付与した食べ物や飲み物、御守りなんかを売れば土産物の開発なんてしなくても売れると思う。

 しかし、そうなっては宿ではなくて土産物がメインになるだろ?

 俺の目的はあくまで宿の経営である。宿に来てくれれば回復のサービスを受けることができる。

 そうすることで宿の価値を高めたいと考えているんだ。

 何をバカなことをと言う人もいるだろう。しかし、これは俺の拘りなのである。

 ……正直なところ、教会とドンパチしたくないってのも大きい。

 

「ふうん。宿経営に失敗したら売ってくれるのかな」

「不吉なことを言うな! 全く」

「あはは。冗談だってばあ。このスープ美味しかったよ。なんていうの?」

「味噌という調味料を使っているんだ。この素焼きの壺に入っている琥珀色の塊だよ」


 ゴンザたちの間を縫って、テレーズとライザが素焼きの壺を覗き込む。

 「ほおお」「ふうん」などみんながそれぞれの感想を口にしていた。

 

「エリックさん。きっとお客さんも味噌に喜んでくださります!」


 マリーが満面の笑みを浮かべ、その笑顔に俺もつられて頬が緩むのであった。 

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