第16話 繁盛しておる

「味噌田楽をもう一つ」

「こっちはエール追加で」

「マリーちゃん。キュウリの浅漬けを頼む」


 い、忙しい。

 よし。味噌田楽は出来た。キュウリは出すだけだからすぐだ。

 みんなに畳の手伝いを依頼した日から早二週間ほどか。

 評判が評判を呼び、今では廃村で野宿をする冒険者より月見草に宿泊する冒険者の方が多い。

 もちろん、この中には怪我をしていない人を含んでいる。むしろ、怪我をしていない人が多くを占めていた。

 

「マリー。エールがきれたら奥の保冷庫に」

「はい!」

 

 今日は4名の冒険者が宿泊している。

 食事付きの場合、決まったものを出すのだけど追加も受けつけているんだ。

 冒険者たちは依頼をこなして街に戻った日には酒盛りをすることが殆ど。

 しかし、道中でどんちゃん騒ぎをすることはまずない。

 場所もないし、いつモンスターが襲ってくるか分からない環境だからな。

 俺もその考えが頭にあった。

 だがしかし!

 安全に過ごせて、翌日に酔いも残らないとなると話は別と言う事か。

 見込みが甘かったと言わざるを得ないが、それだけ宿を信頼してくれている証拠でもある。

 嬉しい悲鳴とはまさにこのこと。

 味噌と酢を開発したことにより、「ここでしか食べることができない料理」も増えつつある。何より、料理のレパートリーが格段に増えた。

 調味料は偉大である。

 

 しまった。マリーが奥の保冷庫に行っているんだった。

 急ぎ、味噌田楽とキュウリを持っていく。

 保冷庫を買い足ししたのも随分前のことのように思える。

 

 食事に関しては和を演出することが出来てきた。それだけじゃないのだ。

 

「こんばんはー。お。繁盛してるね!」

「エリック。宿泊できるか?」

「うん。素泊まりでいいのかな?」


 料理を出したところで、新たなお客さんだ。

 テレーズとライザだった。

 テレーズの方が俺の問いかけに頷きを返す。時間も時間だしな。彼女らは食事を取らないことの方が多い。

 しっかし、炭鉱ダンジョンが魅力的なのは分かるが、同じエリアばかり来ていて平気なのだろうか。

 俺が心配することじゃないけど、宿の繁盛のためにわざわざ廃村行きを選択しているとなると改めて欲しいと思う。


「ははーん。エリックくん。私たちがしょっちゅう来ているから心配してくれているんだな」

「ま、まあ」

「心配ないよ。鉱山ダンジョンだけじゃなく、周辺で薬草や毒草の採取。鉱石やモンスター討伐なんかもあるんだよ」

「そうなんだ」


 テレーズは最初の頃に比べて随分と砕けた感じになってきたなあ。

 個人的にはこちらの方が好みだ。元々ゴンザと並んで親しみやすい性格をしていることもあって、すぐに友達のような関係性になった。

 ライザはライザで壁を作るような空気は全く感じ無くなってきている。

 

 そこへ丁度エールを持って戻って来たマリーの姿が彼女らの目に入った。

 

「マリーの服、可愛い!」

「ほう。私には敷居が高いな……」

 

 二人が思い思いの感想を述べる。

 マリーは桜色の花びらが舞う白を基調とした浴衣にかんざし風の髪留めをつけていた。

 ふ、ふふ。昨日ようやくグラシアーノが持ってきてくれたのだよ。これこそ、「民宿 月見草」の従業員服である。

 足元が間に合わなくて、洋風のサンダルなんだけどね。

 俺はまあ、いつもの格好のままだが、マリーが浴衣を着ているだけで場が華やぐ。尻尾用の穴もちゃんと開けているんだぜ。


「いらっしゃいませ!」


 マリーが元気よく挨拶をする。

 挨拶をしていても、ちゃんとエールをお客さんの元へ届ける姿はすっかり宿の仕事が板について来た証拠だ。

 彼女には料理や配膳、縫製など色んなことを任せている。

 掃除は、強力な助っ人がいるからな。

 掃除もやらなければならないと、既に仕事が立ち行かなくなっていたと思う。小人族には感謝しかないよ。

 

 おっと。せっかくなら、常連のライザたちにも試してもらうか。


「一階が騒がしくなくなったら降りて来てもらえるか? 風呂の後くらいかな」

「分かった。楽しみだ」


 何かを察したライザがにっとして、二階へと上がって行った。

 さあ、接客を続けるぞ!

 

 ◇◇◇

 

「ふう……終わった」

「はい!」


 マリーが両手をグッと握りしめ、尻尾をピンと立てる。

 ぐうう。

 その時、仕事がひと段落した安心感からか俺の腹が鳴った。


「肉が食べたい。肉を焼くよ」

「味噌を塗って焼いたものがありますよ!」

「お。まだ残っていたんだ」


 ホロホロ鳥のもも肉に味噌を塗って窯で焼いただけの一品なのだが、こいつは冷めてもおいしい。

 半分に切って、レタスみたいな葉と自家製チーズをパンに挟んで完成だ。

 むしゃむしゃと無言で食事を続け、腹が満たされる。

 

「食った、食った。もう少し食べたいところだけど、こいつを使ったお菓子を作りたいからな」

「楽しみです!」

「うまくできるか、まだ分からないけど」

「うまくいくか分からないものを食べさせようとしたのか?」

「またまた。ライザはそんなこと言って。エリックくんのお菓子は絶対おいしいって。楽しみー」


 マリーに向け肩を竦めおどけてみせたところで、後ろから声が。

 振り向くと風呂上りで首を桜色に染めたライザとテレーズがパタパタと自分で自分を扇いでいた。

 

 腰を折られた感じであるが、気を取り直してっと。

 ふ。ふふふ。

 浴衣を仕入れただけじゃないぞ。こいつが新たなお菓子の新兵器だ。

 じゃじゃーん。

 素焼きの壺の蓋を開け、マリーに見せる。

 

「水……ではないですよね。透明ですが」

「うん」


 フォークを壺に入れ上にあげると、透明な液体が糸を引く。


「これは『水あめ』だよ。露店でたまに売ってる……たぶん」

「そうだな。街で見かける。甘いものの割に安いから重宝するぞ。テレーズが」


 ハッとなったライザが咄嗟にテレーズの名を付け加える。

 別に甘いモノが好きってのは隠すことでもないと思うんだけどな。スキンヘッドのいかつい冒険者であるザルマンなんて甘いモノが食べたくて仕方ないって感じなのに。

 一方、マリーは俯き遠慮がちに声を出す。

 

「わたしは、余り露店に顔を出しませんので……」

「猫の世話と仕事だったから見てなくても仕方ないよ。俺だってあったかどうか記憶が曖昧なんだからさ」


 苦笑すると彼女の顔に笑顔が戻る。

 これから知って行けばいい。俺だって知らないことばかりだからさ。

 記憶が曖昧だと言ったが、正直露店で見かけた記憶はなかった。

 だけど、水あめの原料ってビールの原料になる麦芽だったよなあと漠然とした前世の記憶があってさ。

 それで、グラシアーノに聞いてみた所、仕入れることができたってわけさ。

 米も聞いてみたんだけど、知らない様子だった。食料品を取り扱う商人に聞いておくとなってからまだ続報がない。


「じゃあ。作るから、紅茶と栗蒸しまんじゅうでも食べて待っててくれ」

「紅茶を淹れますね!」


 パタパタとマリーも動き出す。

 さてと、水あめを使ったお菓子を作るぞ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る