第36話 革。革がいっぱいある

 変な錬金術師が来店してから三日目。生活も宿も順調で言うことなしだ。

 今日は畑の水やりと家畜の餌以外はお休みして、別の作業をする。宿の改装……もしたいが、相手の予定もあるからな。

 お相手とはポラリスだ。彼の店もなかなか繁盛していて、連日嬉しい悲鳴をあげていると聞いている。

 そんな中、お願いするのはちょっとと思ったのだけど、少し前にお願いしたら快諾してくれてお互いに予定を開けることにしたんだよ。

 

 よおし。やるぞおお。


「わたしも持ちます!」

「じゃあ。一緒に民宿の中に運ぼうか」


 お互いに頷き合い、軒下へ向かう。

 ふ。ふふふ。いよいよこいつを使う時が来たか。

 ポラリスは専門ではない、と言いつつもちゃんと出来ているのか見てくれたんだよな。

 軒先に吊るしているのは動物の皮だ。

 家畜の皮ではないぞ。ちょこちょこ狩に出かけていただろ?

 すみよんと行った時に狩ったイノシシとか立派な毛皮を持っていた。

 肉はもちろん宿の食事として提供するが、角も皮も捨てるには勿体ない。

 そこで、肉にした動物たちの皮をなめして干して置いたのだ。なめし方は冒険者時代に学んだ。念のためポラリスにもチェックしてもらいこれで大丈夫との言葉ももらっている。

 畳の時もそうだったけど、職人がいるって素晴らしい。

 彼が廃村で暮らして店を構えてくれていて有難いったらありゃしないよ。

 

 このなめした皮こと革を使って何を作ろうか。探索用の革鎧……う、うーん。まだ昔使っていたものがくたびれてはいるけど、使える。


「革によって硬さが全然違うんですね!」

「柔らかい革は使い勝手がよさそうだけど、堅いのはどうしようかなあ」

「ポラリスさんに相談してみましょう!」

「だな! うん」


 革を見て何にするか考えるとしよう。

 革から製品を作るには結構な時間がかかると思うし。革を並べて置いていたらアイデアが浮かぶこともあるだろうから。

 

 そんなわけで革を運び終えて二人でお茶をすすっているとポラリスが来店する。


「おはようございます」

「今日は来てくれてありがとう! 一旦全部運んだんだ」

「結構な量ですね」

「正直何を作ろうか……と検討が付かないんだよね」

「それなら、必要なものが革で作ることができるか検討してみてはどうでしょうか?」

「それでいこう!」


 せっかくなら和風ぽい柄にしたいな。

 紙は……値段が張るので落書きには使いたくない。

 よっし。メニューを書く黒板を使うとするか。

 

「えー。記憶が曖昧だなあ……」

「何を描こうとしているんですか?」

「ワクワクします!」


 チョークを持つとポラリスとマリーが左右から覗き込んでくる。

 俺に絵心を求められても……。

 記憶にある和柄は少ない。複雑な柄は見れば「ああああ」と言えるけど、自分では描けないんだよな。

 お。まずはだな。

 丸を描き、丸同士が接するようにして丸を描いていく。

 すると丸の中が朝顔の花のような柄になる。

 

「丸を組み合わせてこんな素敵な絵になるんですね!」

「エリックさんはデザインがありますよ!」


 俺が考えたものじゃないんだがね。この世界にもありそうだけど。

 ええとこの柄はなんて名前だっけ……円が繋がり。七宝柄って名前だったはず。

 お次は形が気になって何度か描いていたから覚えているものだ。

 複雑そうに見えて案外描くのが簡単なんだよね。


「これは麻の葉という柄で、複雑そうに見えて六角形の組み合わせなんだよ」

「これも華のようですね! 二つともエリックさんに使用許可を頂き製品の柄に使いたいくらい気に入りました」

「使ってくれるのなら歓迎だよ」

「女性用の服に使うと喜ばれると思いますよ」

「服。服かあ」

「服飾は街ですね……」


 ポラリスと顔を見合わせうーんと眉をひそめる。

 そのうち彼のような職人も住んでくれる……かもしれない。今後に期待だな。

 農家の人も狩人も大歓迎だ。この地に住む人はまだまだ少ない。

 そのうち宿場町のようになってくれたらな、なんて妄想すると笑みが止まらない。

 妄想が現実になる日を夢見て民宿を切り盛りするのだ。俺。

 あとはっと。


「あと二つ思いついたものがあるんだ」


 正確には思い出した、だけど、二人の手前こう表現した。

 

「三角形を並べたのが鱗模様。正方形を並べたのが市松模様。どちらも接する図形同士は色を変えるつもり」

「これはどちらもある柄ですね。柄を使って敷物を作ってみますか?」

「革だと滑らないかな?」

「確かに。そうですね。客室の壺が置いてある下の敷物としてならどうですか?」

「いいかも」


 冒険者なら野外用の敷物として使っていいかもしれん。

 革だと丈夫だし。柔らかい革ならクルクル巻くなり畳むなりすれば持ち運びで嵩張ることもないよな。


「堅い革……ハードレザーも一つ思いついた。ハードレザーはやっぱ防具か鞘や八箇かなあと思う」

「エリックさんの防具を新調するのはどうですか!?」


 マリーがまるで自分の装備のことのように満面の笑みで両手を合わせる。

 

「こういうのはどうかな?」

「スカート……ですか? でもそれじゃあ。中が見えちゃいませんか」

「スカスカだからね。これはスカートの上から装着する革の腰巻のつもりなんだよ」

「テレーズさんが装備したら似合いそうです!」


 発想は剣道の防具だった。

 剣道の防具のうち腰にまく三つか四つの暖簾みたいなのがあるじゃないか。あれはたれというのだけど、垂を女性用の腰巻として使ったら可愛いかもと思って。


「エリックさん。せっかくです。この腰巻を作るなら先ほどエリックさんが考案した柄を使ってみませんか?」

「柄も……となると俺が作るにハードルが高過ぎないか……」

 

 ポラリスよ。俺は素人だぞ。革細工などやったことがない。自分の防具の修繕くらいしか経験がないんだ。

 俺の想いと裏腹に彼は指を一本立て片目をつぶる。


「防具は私が預からせてもらってもいいですか? 工賃だけでお作りしますよ」

「製品として販売してくれるなら、俺のところにはサンプルとマリーの分だけサービスしてくれないかな? その代金としてハードレザーを持って行ってもらっていいんで」

「分かりました! こちらとしても大歓迎です!」


 細工師兼鍛冶屋のポラリスならきっと俺のたどたどしい絵を素晴らしい防具に仕上げてくれるはずだ。

 今から完成が楽しみでならない。

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