第91話 なんか濃い人多くない?
俺たちが食べている間、「んー」とか謎の感嘆の声を出しながらホメロンがワインを飲んでいた。
腹も膨れて来たところで、彼がワインをコトンとテーブルの上に置く。謎の指パッチンはどんな意味があるのか分からんが、気にしないことにしよう。
歌とハープは素晴らしい。それでいいじゃないか。他のことには目をつぶるが良しだよ。
人間、誰しも拘りってものがある。俺にも彼にも、もちろんマリーだって。
彼は少しばかり他の人より拘りが強いだけ。その拘りの強さが素晴らしい歌とハープを育んだのかもしれない。
そう考えると彼の濃すぎる仕草も……あああああ、やっぱり気になる。
何その髪の毛をいじり、指先をパタパタする仕草。
「ごめん、食べるまで待ってもらって」
動きを止める意味も込めて彼に声をかける。
すると、「んー」と喉を鳴らしたホメロンが人差し指を立てた。
「いえいえ。待っておりませんよ。私はワインを楽しんでいましたので」
「ワインの邪魔をしちゃったかな?」
「ノンノンです。ワインは華麗なるトークによって花開くものです」
「あ、はあい」
もうどうにでもしれくれえ。背筋がゾワゾワしてきた。
マリーは平気だろうか?
……問題なかった。彼女は食事に集中して彼の動きなど見ていないようだ。
ホッとすると共に気を取り直すため、カリカリのパンをそのまま齧る。
「歌と旋律の話でしたね」
「聞き惚れたよ。こう心が木漏れ日の下にいるかのような気持ちになって」
何を喋るのか覚えていた彼に若干驚く。そのようなことを露ほども見せず、即座に彼へ再び感想を述べた。
「歌と旋律が合わさるとバードは魔曲を奏でることができるのです」
「魔曲……?」
「そうです。魔曲はいくつかあるのですが、いかな熟練したバードとはいえ一曲しか奏でることができないのです」
「どんなものなの? 魔曲って」
うん。そう来ると思ったよ。
また「んー」タイムだ。ホメロンが前から回り込むようにして手を動かしワインを口にする。
一番いいところだから、溜めを作ろうってんだろ。
じゃあ俺は堅いパンを齧ることにする。
「バードの魔曲は奏でる本人との相性が肝要なんですよ。私の場合は平和を愛する心。誰しもが心穏やかに争わずに生きて欲しいという願いが魔曲となったのです」
「あ、はあい」
またしても達観の返事「あ、はあい」が出てしまった。
回りくどくてもどかしい。
「魔曲の名は『ピースメイキング』。曲を聞いたありとあらゆる意思のある生物を鎮めます」
「ありとあらゆる? それってモンスターもってこと?」
「その通りです。たとえ腹をすかした猛獣であっても、ピースメイキングを奏でればたちまちまどろみの中で幸せに浸ることでしょう」
「すげえ! 魔法みたいだ」
「ですので『魔』曲です」
パチリとバサバサフサフサのまつ毛をパチリとやるホメロン。
ちょうど見てしまったようで、マリーの手からスプーンが落ちた。
いいんだよ、マリー。無理やり笑顔を作ろうとしなくたって。
マリーへの助け船の意味を込めて、話題を変えてみるか。
「ホメロンさんの曲をたまたま聞くことができてラッキーだったよ」
「この店か夜は『酔いどれカモメ亭』にいますよ」
「しばらくキルハイムに滞在するつもりなのかな?」
「そうですね。できればずっとキルハイムに滞在したいと思ってます」
「旅の楽師が一つの場所に……何か事情が?」
ガタリとホメロンが勢いよく立ち上がる。
どうやら変なスイッチを押してしまったらしい……。
止まらぬ彼は指先でバラの花を挟む仕草をして憂いの籠った顔で「ほう」と息を吐く。
「よくぞ聞いてくださいました。まさに、まさに、大いなる事情があるのですよ」
「あ、はあい」
空いた口が塞がらない俺は、ホメロンの戯曲のような言葉の海に呑まれるのみである。
動作が、そして、語り口が、もう全てが濃い。濃すぎる。
要約すると、キルハイムの楽器屋の娘が何やら体調が悪く、見守りたいということだった。
まとめたら、超短いな。一言で終わる。
だがしかし、ここへ至るまでに軽く10分は経過していた。マリーは演劇を見ているつもりらしく、話に聞き入っていたな。
確かにミュージカルタイプの演劇と捉えれば一人の青年が儚い少女を思う戯曲と見えるかもしれない。
彼の動きはいちいち動作が大きいので、演劇を見ているかのようだしな。
「……そんなわけで、私は彼女を見守りたい」
「前回キルハイムにハープの修理をしに来た時には元気だったんだよね?」
「そうなのです。健康とはなんと儚きことか」
「よ、よろけ方が……何か原因があると思うんだけど、聞いてたりする?」
「そのような恐ろしいことを……私にはとてもできません」
余命宣告を聞かされるとでも思ってるんだろうか……。何が原因か分からないにしても、どのように体調が悪いのかとか、改善しているのか、していないのか、くらいは分かると思うんだよね。
頭を抱えのたうち回るホメロンを見たくないのに見てしまう俺が嫌だ。
目を惹くってもんじゃねえぞ……。衆目があって恥ずかしいという感情は彼に微塵もないのだろうな。
もし俺が変なキノコを食べて、人が多い酒場で彼のように振舞ってしまったら二ヶ月くらいは思い出すたびに頭をガンガンと壁に打ち付けそうだよ。
それにしてもいつまで嘆き悲しむんだ?
ええい、全く。
「乗りかかった船だ。その……ええと」
「エリシアのことですか?」
「そう、エリシアさんのいる楽器屋の場所を教えてもらってもいいかな?」
「もちろんです。エリックさんも楽器を嗜むのですね」
「う、うーん。やってみてもいいかも。何がいいかな」
「リュートが人気ですよ。リュートなら嗜む程度ですが、教授できます」
何故か俺が楽器を選ぶ話になってしまった。
ついてこられてもややこしくなりそうだから、先ず俺とマリーだけで楽器屋に行きたいところだ。
何て懸念していたが、彼はこの後すぐに酔いどれカモメ亭に移動するらしい。
誠に残念ですが、とさめざめと泣く仕草をしていた……。
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