第109話 クリームオン髭

「甘いでえす」


 ベリーを乗せたザルごと持ってきて、もしゃもしゃと細かく口を動かして食べるワオキツネザル……じゃないワオ族のすみよん。

 すみよんにはお世話になりっぱなしでお礼も満足にできてないと感じていたので、彼が食べる分に思うところはない。彼からカブトムシを譲られなかったらベリーだって採取できていなかっただろうから。

 しかし、彼はすぐに食べるのをやめて鼻をひくひくさせたかと思うと、ザルを持ってひょいっとどこかへ行ってしまった。

 それはいい。彼がどこで食べようが俺は構わないよ。ワオ族には人間の食習慣なんてものはないからね。外で食べようが、床でも屋根でも全くもって気にならない。

しかし、しかしだ。

 彼と入れ替わるようにして、冒険者がやって来た。なんと、四人もいる。

 そんなわけで、再びキッチンへ。

 と言っても全て作り直し、ではなく生地を焼く工程だけである。クリーム二種がまだまだ残っていて追加分で使ってもまだ余りそう。


「もうちょい待ってくれー」

「もちろんだよー。待つ待つー」


 尻尾があれば千切れんばかりに振っていそうなテレーズが両手をあげて応じる。

 そう、四人とはライザ、テレーズ、ゴンザ、ザルマンと宴会に参加してくれた面々だ。

 一方、マリーとスフィアは席に座ったままシュークリームが出来上がるのを待っていてくれている。「先に食べて」と言ったのだが、「せっかくなので俺と一緒に食べたい」と言ってくれてさ。

 よ、よし、生地が焼き上がったぞ。

 あ、あああ! シュークリーム本体だけに意識がいっていた。

 付け合わせのベリーが無いかも。

 いや、おそらく……。

 冷蔵の魔道具の中を改める。手前のモノを移動させて奥を確認。

 よし、あった。今回は盛り付けに使うだけだから、これで足りる。


「よおし、完成。皿を取りに来てくれー」

「あいよ」


 髭面の冒険者ゴンザとザルマンが真っ先に席から立ちこちらに向かう。冒険者だけにフットワークが軽い。

 ん? 何故、来たばかりの彼らに対して先にシュークリームを食べてからでなく、即対応しているのか不思議でならない?

 それはだな、俺に非があるからなのだよ。


「ごめんな、すっかり忘れてて」

「別に構わんぞ。明日にでも行くか?」

「ゴンザたちはいつまでオフのつもりなんだ?」

「近く……だな。特に決めてねえ。お前さんと出かけて何か獲れたら、それはそれで、だろ」

「じゃあ俺も宿を明日まで休業にしようかなあ」


 ゴンザに皿を手渡しつつ顎を上げ考える俺である。

 そう、冒険者四人が揃ったので少しばかりの冒険をしようかなと企画していた……多分。

 宴会と酒ですっかり記憶が飛んでいたよ。そもそも、そんな企画をしたっけ? レベルだ。

 俺を含めて五人だとカブトムシに全員乗ることはできない。

 行くとしても近場になる。もちろん、カブトムシは連れて行くけどね。

 騎乗出来ずとも彼のコンテナがあれば手ぶらで探索できるし、果物とか持ち帰り放題だ。

 そんじゃま、ようやくの試食会をはじめるとしますか。

 席に着くとマリーが元気よく猫耳をピンと立てる。


「お疲れさまでしたっ!」

「待たせてしまったなあ」

「いえ! 一緒に食べるとより美味しくなりますよ。スフィアさんも言ってます」

「スフィアも、待たせてすまなかったな」


 「ごめん」と手で示すも、何やらスフィアが無言で立ち上がり、耳元に口を寄せてくる。

 狸耳が目元をくすぐりクシャミが出そうになった。そういや、マリーとはこのようなことにならなかったなー。

 彼女なりに耳が当たらぬよう気を遣ってくれていたようだ。俺には獣耳が無いので今の今まで気が付かなかった。


「白で合ってたわ」

「何をマリーと話してんだあ!」


 つい大声で突っ込んでしまったじゃないかよ。


「白って何かなー?」


 声が大きかった。隣のテーブルに座るテレーズが「んー」と口元を寄せる。


「そのお菓子のことだよ。白い粉みたいなのがかかってるだろ」

「確かに白だ。シュークリームと言うのか」

「そう。シュークリームというお菓子なんだ。思わぬところで砂糖に似た調味料が手に入ってさ。それで」

「なるほどな。砂糖に興奮し冒険のことをすっかり忘れたというわけか。エリックらしいじゃないか」


 笑うライザにふうと胸を撫でおろす。


「綺麗な白ですね! えむりんちゃんの鱗粉は太陽の光で七色になるのにこれは真っ白なんですね」

「凍らせて、かの天才錬金術師の素敵な何かの効果で真っ白になったんだよ」

「そうなんですか。真っ白なのも綺麗ですね」

「だな。よっし、食べようか。みんな、俺たちが食べ始めるのを待っている」


 うんうんとマリーと頷き合い、いよいよ実食タイムである。

 手を合わせ「いただきます」をしてから、シュークリームを右手で掴む。

 クリームを盛りすぎたので少しかじるだけで、中のカスタードクリームが手につく。

 これ、これがいいんだ。

 シュー生地はサクサク。そして、カスタードクリームと生クリームの違った甘さが口に広がり思わず頬が緩む。


「んー。甘いモノって食べると何だか幸せな気持ちになれる」

「分かります! もうさっきからほっぺが落ちそうです」


 マリーも気にいってくれたようでニコニコが止まらない様子。

 彼女の隣でシュークリームを口にしていたスフィアはというと、一口食べた状態で手が止まっていた。

 お気に召さなかったのかな? お菓子は甘すぎて……みたいなことを言っていた気もする。

 酔っ払いだから、甘いものは苦手なのかもしれ……うお。

 

「おいしい! こんなにおいしいお菓子を食べたのは初めてだわ!」

「お、おう……」


 突然叫ぶものだから、耳がキンキンした。

 テレーズとライザはもちろんのこと、おっさん二人も気にいってくれたみたいで良かったよ。

 

「ゴンザ、髭」

「ん? 髭?」

「クリームを付けすぎだろ」

「拭うか、手でとれるだけ取るか迷ってんだよ」

「ほら、そこに濡れた布があるから」

「仕方ねえ」


 髭をクリームまみれにしたゴンザが渋々布で髭をふきふきし始めるのだった。

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