第110話 ちょっと散歩へ

 シュークリームパーティも終わり、腹ごなしも兼ねて散歩に……ってレベルじゃ無いって。

 どこに「ちょっと散歩に行ってくる」と言い残しダンジョンへ行く宿の店主がいるんだよ。

 ご存じの通り、廃村には廃坑があり、廃坑はダンジョンと繋がっている。

 まだ昼前だし、ということで散歩にでも行くかとなったんだ。

 提案したのが髭のゴンザだったのが悪かった。廃坑へ入ったかと思うとあれよあれよとダンジョンにと言うわけである。

 屈強な冒険者が四人もいるので、俺は散歩気分でいいからってことか?


「マリーとスフィアを散歩メンバーからわざと外したんだろ」

「『外した』とか失礼だな。先に二人が牧場の様子を見に行ったんじゃねえか」


 ゴンザの言葉にぐうの音も出ない。

 確かにシュークリームパーティの後、先に外出して行ったのはマリーとスフィアである。

 だがただでは転ばないのができる男なのだ。

 さりげなくスフィアの名前も入れていることに注目頂きたい。

 ゴンザだけでなくザルマンや女子二人の様子を見る限り、彼女が実は赤の魔導士とかいう超実力者だとは知られていないのだなと分かった。

 スフィアは自分から素性を喋ることはないし、冒険者は相手の素性を探らないことを性分としているから宴会の席でも語られなかったのだろう。

 彼女が赤の魔導士だと知っているマリーから情報が伝わる可能性もあったけど、どうやら杞憂だったらしい。

 知られたところで俺が困ることはないのだが、彼女に教えを請おうとする冒険者が集まるのも彼女の本意ではなさそうだし。

 このまま静かに暮らして……ごめん、嘘を言った。このままここで酒を造り続けてくれると俺が嬉しい。

 

「うぐぐ」

「まー、いいんじゃないのー」


 何か言い返そうにも言葉に詰まる。

 そんな俺に対し「きゃはは」とさも愉快そうに笑うテレーズが背中をペシペシとしてきた。

 これにはさすがのゴンザも苦笑いである。


「どこ行くんだ? 変な亀のところか?」

「特に考えてねえ。エリック、どうする?」


 先行し周囲を警戒してくれているザルマンが前を向いたまま尋ねるものの、当の本人であるゴンザはノープランらしい。

 確かに亀のところへ行くのは悪くないな。

 いずれにしても稲を背中で育てている亀のところには定期的に行くわけだし。

 

「エリックくん。乗ってもいい?」

「いいよ」

「わーい」

「こら、俺にじゃないだろ」

「冗談だってば」


 緊張感の無いテレーズである。彼女は連れてきたカブトムシに乗りはしゃいでいる。

 カブトムシは彼女より余程大人なので、淡々と彼女を乗せついて来てくれることだろう。

 俺以上に呆れていたのがライザで腕を組みあからさまにため息をつく。

 

「ライザだって、乗りたいでしょー。ジャイアントビートルのこと、気にいってたものね」

「確かにテレーズの気持ちは分かる。あの青く輝く甲冑はいかな騎士が纏う甲冑より滑らかで美しい」

「でしょでしょー」

「だが!」

 

 ズズイとテレーズに肉薄し、きっと彼女を睨む。

 睨まれてもまるで動じないテレーズであったが、ライザは構わず続きを口にする。

 

「まだ入口とはいえここは一応ダンジョンだ。お遊びではなく真剣に警戒すべきだ」

「大丈夫だよー。ちゃんと警戒しているよ。ダンジョンでは弓が役に立たないことも多いから、ナイフをいつでも」

「エリックが許可していることだ。両手が空くなら構わんか」

「でしょでしょー」


 よくわからんがテレーズの方が一枚上手だったらしい。

 テレーズの説得? によってライザは納得し前を向く。

 

「時にエリック」

「ん?」


 真面目なライザのことだ。ダンジョンを行く当てもなく歩くのは嫌なのかな?

 一応さっきのゴンザらとの会話の中で何となく亀のところへ向かおうか、となっているような。

 行き先をハッキリさせたいのかな? と思って続きを待っていたら彼女の次の言葉でこけそうになった。


「かの麗しきジャイアントビートルの名は?」

「あ、いや、特に決めてはないけど」

「お前はジャイアントビートルの飼い主ではないのか。名を付けぬなど……」

「い、いやいや。あるある。名前アルヨー」

「そうか。差し触りなければ教えてくれないか? 魔術師の中には『秘密の名前』なるものがある時もあるからな。無理して言わずともいい」


 秘密の名前? へ、へえ。そんなものがあるんだあ。

 ちょ、待て待て。つい、「名前がある」と言ってしまったが、名前なんて付けてないって。

 く、くう。ライザの期待の眼差しが痛い。

 

「カ、カブトム……」

「カブト?」

「ガブトンって言うんだ」

「はは。何だか可愛らしい名前だな。勇壮かつ秀麗な甲冑ならば勇者の名でも良かったんじゃないか?」

「い、いやあ。俺が過去の勇者の名前を付けるなんておこがましいよ」

「テイマーが連れている強力な魔獣は良く英雄や勇者の名を付けていると聞くが」

「きょ、強力でも何でもないからなあ」


 や、やばい。適当に名前を言ってしまったなんて言える雰囲気じゃねえ。

 カブトムシよ。これからはカブトンと名乗るがよいぞ。

 動揺からようやく立ち直ったところでライザから更なる提案が投げ込まれてくる。


「時にエリック。目的は亀でいいのか?」

「ま、まあ。それでも。この前行ったばっかりだから米はまだまだ豊富にある」

「ならば、一つ私からの提案なのだが、村の昔話は覚えているか?」

「あ、ええと、確か、その昔、鉱山だったのがダンジョンと繋がって……」

「そうだな。かつてこの地にはモンスターが巣くっており、英雄が退治し、村が出来たと伝承にあった」

「そうそう。何かの巣があったんだよな」

「痕跡くらいならあるんじゃないか? 伝説を辿るのも悪くないかと思ってな」

「確かに。冒険者の依頼じゃ、史跡巡りなんてものはないし、おもしろそうだ」


 ライザの提案にゴンザとザルマンも「そいつは楽しそうだ」と乗り気だったので、廃村ができる前にいたモンスター……確か蟻型だっけ? の痕跡を探る会となった。

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