第108話 スカスカ、俺の頭の中のことではない

 何だか色々あったけど、再びキッチンである。

 とれたてホヤホヤの牛乳をさっそく使わせてもらうことにしよう

 牛乳をこのまま使ってもいいのだが、せっかくなのでちょいと加工したいと思う。

 その分マリーを待たせることになり、彼女の時間が空いてしまったんだ。そこで、彼女に対し「久しぶりに飼い猫と遊んだらどう」と提案したら、飛び上がらんばかりの勢いで喜び猫の元に向かって行った。あれほど喜んでくれるなら、もっと早く言うんだったと少し後悔する。

 

「さて、頑張ってもらうぞ。赤の魔導士よ」

「そ、その呼び方はあなたの前だと少し恥ずかしい」

「そうなのか? カッコいい名前じゃないか」

「自分で名乗ったことなんてないわよお。と、ともかく、何をすればいいの?」

「魔法だ。魔法」

「魔法を使うのは分かってるけど……」

「まあ焦るな」


 そろそろ頃合いか。火を止め、鍋に入った牛乳の様子を確かめる。

 うん、こんなものだろ。まずは加熱殺菌、これだよね。

 次は遠心分離機なんてものはないが似たようなものがあるのだ。容器に入れてこのハンドルを回すと、中の円柱形の箱がグルグルと回って中の液体成分を分離できるのである。

 おっし、こんなものかな?

 これでよければスフィアは必要ないのだが、果たして?

 

「う、うーん。何となく大丈夫そうな気がする。じゃあ、ボールに入った分離させた牛乳……生クリームを風魔法で混ぜてみて」

「分かったわ」

 

 詠唱もせず指先を振るだけでボールの中に入っている生クリームが混ぜられていく。

 すげえ便利だな、魔法って。遠心分離もできちゃいそうだ。

 

「よっし、ちゃんと泡だったな」


 ペロリと舐めると、ちょっと硬かったけど生クリームのような味わいになっている。


「風魔法で楽をしたかったの?」

「いや、泡立てる前の工程で協力してもらおうと思ったのだけど、特に必要なかった」

「じゃあ、何のために……」

「まあ、いいじゃないか。暇しているんだし」

「マリーさんに比べて私には雑じゃない?」

「いやいや、スフィアには感謝しているって、酒を造ってもらっているしさ」


 樽の酒を飲んでしまったからか、何かできることはないかって彼女から申し出てくれたんだよね。

 ならば、ちょうど牛乳が手に入ったのでさっそく手伝ってもらうことにした。

 しかし結果は、彼女の協力が特に必要無かったのである。


「このままお菓子作りに入る。せっかくだから食べて行ってくれよ」

「え? お菓子? ほんと?」

「うん、そのための生クリームだからさ」

「嬉しい。お菓子なんていつぶりかなあ」

「高名な元冒険者なのだから、食べようと思えばいつでも食べられるんじゃ?」

「う、うーん。なんかだかね、街のお菓子は余り好きじゃないのよね。貴族用のお菓子って甘いだけで……でもきっとエリックさんの作るものならって」

「期待して待っててくれ」


 貴族のお菓子はとにかく甘ければ甘いほどいい、って風潮があるからな。

 そこはまあ仕方ない。砂糖が高級品なのがいけないのだ。

 高価な砂糖を使えば使うほど、より価格が高くになるだろ? 貴族用となれば、高ければ高いほど……って考えるじゃないか。

 何故かって? それは、お菓子は贈答品に使われることが多い。

 貴族が他の貴族にプレゼントするものとなるとお高ければ喜ばれるのさ。

 全く……嘆かわしいことだよ。

 

 さてさて、作るメニューは最初から決めていた。

 生クリームが没になったとしても大丈夫なものをね。

 まずは小麦粉から生地を作る。本当はここに砂糖を混ぜ込みたいところだけど、生地に火を入れたらえむりんの鱗粉は昇華して消えてしまう。

 ので、ここには砂糖を入れず、卵のみに留めておく。

 捏ねた生地を切り、形を整えてオーブンに投入。

 焼いている間に卵、牛乳、小麦粉を混ぜて火にかける。うっし、とろみが出て来たしこんなものだろ。

 鍋からタッパーに移し、祖熱を冷まし……あ、そうだ。

 

「スフィア。この黄色いクリームを冷やすことってできる?」

「秒でいけるわ」

「おお、助かる。キンキンに冷やすのじゃなく常温くらいまで、って調整できるかな?」

「分かった」


 またしても呪文を唱えることなく指を振るだけでみるみるうちに黄色いクリームが冷えた。

 これにえむりんの鱗粉を混ぜ込み、カスタードクリームの完成だ。

 生クリームがダメだった場合、カスタードクリームのみで作ろうと思っていた。これだけでもおいしいからね。

 さて、生地も焼けたかな。


「よし」

「変わった生地ね。中身がスカスカじゃないの?」

「スカスカなのが大事なんだ」

「へえ」


 生クリームにもえむりんの鱗粉を混ぜて、準備完了。

 焼き上がった生地の上から三分の一辺りを横に切って、中に生クリームとカスタードクリームを入れて切った生地で蓋をする。

 最後は上からえむりんの鱗粉をパラパラとかけてできあがり。

 付け合わせに何かフルーツはなかったかな?

 そういや、摘んできたまま使ってなかった野イチゴやベリーがあったはず。

 籠に入れたままの野イチゴとベリーを必要量だけ取り、洗ってからシュークリームを乗せた皿に盛り付ける。

 野イチゴとベリーにもえむりんの鱗粉をパラパラと振りかけたら、お店で出すデザートぽい感じになった。

 

「へえ。見たことない料理だわ」

「マリーを呼んで来るよ」

「ちょうど来たみたい。足音が聞こえる」

「俺には聞こえないな。マリーは特に訓練をしていないのだけど、猫族だからか足音を余り立てないんだよね。さすがに同じ部屋とか扉口まで来たら気が付くけど」


 俺とて普通の人よりは足音に耳をそばだてたり、気配を感知したりする力を持っている。

 冒険者たるもの、モンスターの気配に気が付かなきゃならないからね。逆に気取られないように動くことも訓練している。

 そんな俺がまるで気が付かない距離でもスフィアは察知してしまうのか。

 彼女は魔法使いなので、気配感知の専門じゃないはずなのだけど、これが基礎能力の違いってやつだな……。

 今の俺にとっては素直に凄いなと思うだけで、妬んだり羨んだりする気持ちは一切抱かない。

 冒険者時代なら俺ももっと訓練しなきゃって気持ちになっていたかもなあ。

 

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