第107話 白と言えば?
「牛乳です!」
「お、おお……」
マリーが元気よく呼びかけて来たのは俺を厩舎に案内したかったからだった。
さっそく厩舎へ行くと、家畜はみんな牧場のようで一頭もいない。
しかし、円形の銀色容器が残されている。
だいたい20リットルくらい入る大きさかな? 銀色容器は牧場でよく見る牛乳容器の小型版と言ったところ。
この中に牛乳が……!
とれたてホヤホヤの牛乳を前に手をワナワナとさせる。
「一人で牛乳を搾るところまでやってのけるなんて、思ってもみなかった。ありがとう」
「大したことはしていないですよお。羊やヤギと同じです」
なんてことをひまわりのような笑みを浮かべて述べるマリーであった。
そうなのだ。ついに牧場へ牛を導入したのだ。
牛は飼育するに敷居が高いと思っていたが、マリー曰く他の家畜とそう違わないとのこと。
羊、ヤギ、牛、馬辺りはどれも草食で牧場の草を勝手に食べるから大丈夫? なのか。
俺が知る家畜たちは厩舎で飼い葉をむしゃむしゃと食べている姿なんだよな。なので、牧場の草だけで家畜の栄養が足りるかは未知数である。
いや、そうでもないか。ヤギや羊は飼い葉を与えずとも痩せてもおらず大丈夫そうだ。
牛は大きいから違うものだと思っていたのだけど、実際のところどうなんだろうか?
正直、家畜のことはまるで分からない。ペットの延長線上で考えていたが、牛のような大型家畜は勝手が違うんじゃないか?
ん、いや待てよ。よくよく考えると、馬もなかなかの大きさだよな。この世界では移動手段として馬が一般的だ。
王国の街道沿いにはいくつもの休憩所と夜を過ごすことができる小屋がある。そのどれもに飼い葉桶と水桶が用意されているのだ。人間が使うものではなく馬用のね。
馬なら俺も冒険者時代に扱ったことがある。馬は飼い葉桶に藁を入れてやると猛然と食べていた。一日街道沿いを歩いてきたから余計腹が減っていたのかもしれないけど、結構な量を食べる。
おっと話が変な方向に行ってしまった。
要は馬が生活のいたるところにある世界なので、牛を扱う素養が知らず知らずのうちにある程度身についてるのでは、と言う事だ。
馬と同じと考えたら、飼い葉を与えなきゃ食事量が足りないのではないか。
しかし、俺の出した結論と異なることをマリーが口にする。
「今のところ、牧場の草だけで大丈夫そうですよ!」
飼い葉桶に目を落としていたからか、彼女が俺の疑問を察してくれたようだった。
「今は大丈夫でも、寒くなる前に飼い葉作りをしておいた方がいいよね?」
「そうですね。でも、廃村はキルハイムより暖かそうです」
「その分、冬が短いかもだよね」
「はい! その前に夏が来ますね!」
「カキ氷の美味しい季節になるな」
「そうですね! 楽しみです」
季節感がまるでなかったが、廃村はもう初夏に入ろうとしている。
「キルハイムより暖かである」とマリーが予想しているが、夏がより暑いのかはまた別の話。
それほど暑くならないような気がするのだよな。少なくとも日本の夏のように蒸し蒸しする感じはないはず。日中は汗をかくほどで夜になると薄手の長袖シャツが必要……くらいになるんじゃないかと予想しているう。
それなのにバナナがあったりして、よく分からん。バナナと言えば熱帯性という先入観が俺にあるだけで、採取したバナナは温帯性なのだろう、きっと。
なのでバナナがあってもおかしくはない……結論にはなるのだけど、どうもしっくりこない。
地球情報は参考になるけど、この世界と同じだろと考えることは危険だ。分かっていても地球情報の感覚で動いちゃうんだよね。気をつけないと。
季節感を抱かないのもキルハイムの気候によるところが大きい。
驚いたことにキルハイムの夏と冬は非常に短いのだ。夏は日中でも30度を超えるか超えないかくらいで夜になると肌寒い。夏と呼べる気候が続くのは長くて一ヶ月程度である。
冬も雪深くなるわけはでなく、数日雪が降れば多い方で積ることはまずない。こちらも長くて一ヶ月程度なんだ。
他の季節は日本で言うところの最も過ごしやすい早春の装いとなる。だいたい日中は20度を超えるくらいで、夜は12~15度前後かなあ。温度計が無いのでハッキリとは分からないのだけど、俺の肌感覚で気温を示してみた。
日本に住んでいた頃の俺から見ると何とも羨ましい気候なのである。短い夏と冬には服の準備が必要だけど、それ以外の10ヶ月間は同じ服装で大丈夫だし、うだるような暑さもないのでクーラーも必要無いし、冬は冬で寒いは寒いが凍えるほどでもない。
「おお、まだ暖かい」
「はい!」
悦に浸りつつ牛乳の入った容器に触れると頬が緩む。
いいねえ、これぞ絞りたてって感じだよ。
その時唐突に笑顔だったマリーの顔が曇り、こちらの様子を窺うように上目遣いで見つめてきた。
「あ、あの、お邪魔しちゃいましたか?」
「ううん、えむりんの鱗粉で料理を作ろうと思っていてさ、ちょうどマリーが牛乳を用意してくれたから使おうかな」
「でも、すごいです!」
「え?」
マリーの変化についていけない。今度は両手を合わせて尻尾をフリフリさせてご機嫌なご様子。
すごいって何が……?
彼女はすぐに答えを述べる。
「白っておっしゃられていたので、牛乳があることを予想されていてお料理に使おうとされていたんですね」
「あ、うん……」
やばい。目が泳いだ。だけど、彼女は俺の変化に気が付いていないみたいだから、まあ良しである。
スフィアが白とか言いやがったんだよ。突然のことだったので、マリーもその場では理解できずにコテンと首をかしげていた。
これ幸いとすかさず誤魔化しにカットインして事なきを得たと思っていたのに、しっかり彼女が覚えていたというわけである。
何だか斜め上の解釈をしたからこのまま勘違いしてもらっておくことにしよう。
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