第106話 尋問のお時間です

 えむりん鱗粉は形を保つことができるようになったとはいえ、バターが溶けるくらいの温度になると昇華して消えてしまう。

 故に調理方法が限定される。 

 そんなわけでさっそくですが、えむりん鱗粉を使った料理を作りたいと思います!

 やー、ぱちぱち。

 キッチンに一人立つ俺は誰に向けてでもなく盛大な拍手をした。

 ……一人芝居する姿を誰かに見られでもしていたら恥ずかしさで死ねる。


「何か作るの?」

「どええ。き、きさま、いつからそこにいた」

「分からない……かな」

「待て、そこを動くな。改めさせてもらう」

「な、何もしてないわ……よ?」


 突如俺の拍手の音でむくりと顔を上げたのは赤の魔道士ことスフィアであった。美しい赤髪が頬に張り付き、顔についた赤い跡は床に顔をつけて寝ていたからだろう。

 いつのまに侵入したのか分からない。昨日は飲みに帰ると途中で退席したのだと思っていたが、実は退席せずにここに留まっていたのかもしれん。

 なので、何をしていたのか確かめるために「改める」だ。概ね予想はついているけど、一応確かめなきゃ理由もなしに彼女を責めることになってしまう。

 もちろん、彼女の体をまさぐるとかそんな展開ではない。彼女は寝ていたし、両手も空いており何も持っていないからね。着衣の乱れからして彼女本人からは証拠が出てこないと判断した。

 だがしかし、犯人はその場に証拠残すものなのだ。

 それにしても、着衣の乱れ……ねえ。


「動くなと言ったけど、パンツくらい隠そう、な」

「きゃ! み、見た?」

「見たくて見たわけじゃ……。上も整えて欲しい」

「う、うう。ふ、普段はちゃんとしてるんだからね」

「知ってる、知ってる。口を動かす前にパンツを隠して」


 やっと身なりを整えてくれた。

 目のやり場に困るとはまさにこのこと。

 さて、場も整ったことで改めて動くことにしよう。とっとと終わらせて、料理をするのだ。待っていろ、えむりん鱗粉よ。

 しかし、本当に分かりやすいな、スフィアって。

 大きな樽に背を預け、じーっとこちらの様子を窺っているではないか。


「ほら、そこをどくのだ」

「動くなっていったじゃない?」

「いや、証拠がすぐ後ろにあったから、そこに座ったままだと調べるに邪魔なんだよね」

「ここには『何も無い』わよ」

「いやいや、背もたれにしている樽があって何も無いわよ、は厳しすぎるだろ」

「背もたれだから、ほら、こう」


 ええい、面倒くさい。構わず彼女の横を回り込み樽の蓋へ手を……彼女の手が俺の腕を掴む。

 無駄な抵抗を。しかし、俺は腐っても冒険者。体を動かすことには多少の自信がある。

 ならばと高速の横ステップからの左手の応酬だ。

 パシ。

 ち、ちいい。今度も蓋に手が届く前に手首を握られた。両手が塞がり万事休す……なんて思ったかー。

 俺にはまだ手があるのだ!

 そう。頭である。蓋のあの辺りに顎か額でアタックすると蓋が外れる。


「うおお」

「きゃ」


 ふにょんと何やら柔らかいものに額が当たった。ぐりぐりと頭を動かすと、握られた両腕が引かれて体が宙を舞う。

 見事に一回転した俺は背中を床に強打した。


「な、何だったんだ」

「つ、つい。ごめんなさい」

「素直にどけばいいものを。ならば尋問しよう」

「じ、尋問……エリックさんて実はかなりえっちなんじゃ……」

「何を想像しているんだよ! 聞くだけだ。樽の中の酒を飲んだだろ?どれくらい飲んだ?」

「ち、ちょっとだけ、飲んだかも?」


 彼女の目が泳いでいる。頬をベロンと舐めて「嘘の味だ」とかやりたいところだけど、セクハラが過ぎるのでさすがに思いとどまった。

 じーっと胡乱な目で見つめていると彼女の頬から冷や汗が流れ落ちる。

 分かった。全て分かってしまったよ。樽を改めるまでもない。彼女は既に「発言していた」のだから。


「スフィア、君は先ほど『何も無い』と言ったな」

「そ、そうよ、ここには何も無いわ」

「そう、そこには『何も無い』んだな?」

「……はっ! ちょっとだけだって」


 誤魔化すもののもう遅い。

 そうかそうか、樽の中に並々と入っていた清酒は全て飲んだんだな。

 よくアルコール中毒にならなかったものだ。狸耳って酒を水のように飲めるものなのか。

 その割にはすぐに酔っ払って大変なことになっていたのだけど。

 

「そんなに飲んでアルコールが残っていたりしないの?」

「酔うだけで、特には何も」

「少し飲んだだけで酔っぱらうのに、量を飲む必要ってあるの?」

「それは……おいしいから」

「そうかそうか。おいしいから全部飲んだんだな」

「う、うう……ずるい。誘導尋問よ」

「まず最初に言う事があるだろう?」

「ごめんなさい」


 しゅんとするスフィアに慈愛のこもった笑みを浮かべ、彼女の肩をポンと叩く。

 まあ、材料はたんまりとあるし問題ない。

 元々宴会のためにスフィアに作ってもらったものだしさ。

 

「もう一回、発酵させてもらえるか?」

「うん……」

「バレたのがそんなにショックだったの?」

「樽を見る前に分かっちゃうなんて、エリックさんの巧みな言葉に惑わされてしまったわ」


 巧みでも何でもないと思うんだけどなあ。

 自分で言って自分で墓穴を掘っただけ、は言い過ぎか。

 ショックを受けるのはいいのだが……。

 

「だから、パンツを隠せと」

「……見た?」

「見たくて見たわけじゃないってば。それに、見たいなら隠せって言わないよ」

「それもそうね。エリックさんは白が好き?」

「それこそどうでもいいわ!」

「マリーさんは白なのかしら」

「マリーに聞けばいいだろ!」


 ま、全く。酔っ払ってないよな?

 実はまだ酒が残ってんじゃないのか、スフィアのやつ。

 

「エリックさーん!」

「あ、マリーさんの声じゃない? 聞いてみる?」

「聞かないって! とりあえず、撤収してくれ。あとで発酵用の材料を持って行く、樽も運んでおいてもらえるか?」

「分かったわ。清酒、本当においしいわよね」

「それは認める」


 よっし、じゃあマリーの元へ行くとするか。

 と思ったら、樽を抱えた狸耳に先行されてしまった。

 

「マリーさんー」

「だああああ。余計なことを言うんじゃない!」


 こ、この狸耳め! 狸鍋にしてやろうか。

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