第47話 納豆きのこパスタ再び
「ふんふんー」
アリアドネからの圧が消えたので足どり軽くキッチンへ。
料理をしていると、自然と鼻歌が出てくるよね。
あとはたっぷりの納豆を乗せてっと。
「できた。んじゃ、持って行くか」
あの時は何も考えてなかったけど、俺の自室に持って行くことにして良かったよ。
一階はマリーを含め、宿泊客にも出会う可能性があるんだよね。
理由は難しいことではない。トイレが一階にしかないから。二階にも、できれば個室ごとにトイレを完備したいところなのだが、なかなか難しい。
俺もマリーも大工ではないし、簡単な工作くらいならできなくはないけど配管までとなるとお手上げだよ。
ん。大工……何か忘れているような。
おっと。うだうだ考えている場合じゃない。せっかくの納豆きのこパスタが冷めてしまう。
「お待たせ」
ぐ、さすがに目の前に来ると威圧感があるな。
アリアドネのすぐ隣でちょこんと座っているすみよんは大物過ぎる。
熱々の出来立てをベッド脇のテーブルに置くと、すみよんがくんくんしてひっくり返った。
長い尻尾もでろんと伸びている。
「なんですかあ。これはー」
「納豆きのこパスタだよ」
「酷いにおいでーす」
『そうかしら。悪くないわ』
そうだろう。そうだろう。アリアドネとは全く相容れないと思っていたけど、納豆に関しては至極同意である。
一方ですみよんは尻尾をパタパタさせ不満を露わにしていた。
「暖かいうちに食べてくれ」
『いただくわ』
アリアドネはフォークを手に口元が耳までさけ、喉の奥をギギギギと鳴らす。
蝋を塗りたくったような肌は遠目だと人間の肌に見えなくもないが、近くで見ると独特である。
背中から生えた蜘蛛の脚が微妙に動いている方が断然気になるけどね。
『うーん。人間の使う食器はやはり合わないわ』
そう言ってフォークをテーブルに置くアリアドネ。
蜘蛛の脚が皿を掴み、耳まで裂けた口を開いたかと思うとパスタを全て口の中に納めてしまった。
『人間も私たちの口に合うものを作れるのね。料理なんてしたことがなかったけど、調理をするとこれほどおいしくなるのね』
「あ、うん」
『人間は顔の表情で感情を示すのでしょう? ワタシには表情が理解できないわ』
「おいしいと言ってくれて嬉しい」
アリアドネがギギギギギと喉の奥から木をノコギリで切った時のような音を鳴らす。
怖気が走るが、きっと彼女にとっては愉快なことを示す感情表現なのだろう。
表情が分からないことは幸いだ。だって、俺の顔は思いっきり引きつっているのだから。
『豆はあまり食べないのだけど、悪くないわね』
「普段は何を食べているんだ?」
『キノコが多いわ。いろんな種類を育てているのよ。ワタシは食べないけど、肉が好きなものもすみよんのように果物がすきなものもいるわよ』
「へ、へえ。縄張りの中にはアリアドネ以外の仲間もいるんだ」
『いるわよ。勝手に押しかけちゃった形だけど、アナタのことが気にいったわ。今度はワタシがアナタを縄張りに招待するわ』
「考えておくよ……」
『あはは。人間ってシゴトだっけ? 何だかせかせかしているものね』
そう言う意味じゃなかったんだけど、勘違いしてくれたのなら幸いだ。
あんな恐ろしいところに進んで行くわけないだろお!
「一つ聞きたいのだけど、いいかな?」
『なあに?』
「縄張りに入った人でもモンスターでも、偶然かそうじゃないかって分かるものなの?」
『分かるわよ。敵意があろうが、無かろうが、アナタのようにたまたま足を踏み入れてしまった、とか』
「そうなんだ。偶然入ってしまって、慌てて出た人でもやっぱり?」
『もちろんよ。招かれた者以外にありとあらゆる侵入者は排除するわよ。だけど、ワタシたちだって慈悲はあるわ』
「おお?」
『偶然の場合は殺さず、無力化するだけに留めているわよ』
あれって無力化なのか……。アリアドネが言う「無力化」ってリーダーの麻痺のことだよな?
彼女の麻痺は解毒剤だと解除されないし、生半可なヒールじゃまるで効果がない。
冒険者たちはリーダーだけが麻痺を受けたから安全圏まで引き返せたものの、自然に解除されることのない麻痺を受けて転がったままなら……その後のことは想像に任せる。
東の渓谷へ入らないよう、重々注意するくらいしか俺にできることはなさそうだ。
彼女たちに考えを変えろ、なんて言うつもりはない。
俺たちには俺たちのルールがあり、彼女らには彼女らのルールがある。
英雄なら彼女たちに考えを改めさせようとするのかもしれないけど、彼女たちがルールを変えることで何かメリットがあるのか、と考えると疑問が浮かぶ。
人間を襲うのは悪い事。
それは、人間の側から見た一方的な意見である。彼女らから見たら、家に不法侵入した不届き者を成敗した。
成敗しなければ、また家を荒しに来るかもしれない。舐められるとより多くの者を家に引き寄せてしまう。だから、断固たる処置をとる。
まあ、理由あってのことだと分かるので口出ししない、それだけだよ。
『お料理のお礼をしなきゃね。あなたの巣にも勝手に入っちゃった分も』
「いや、お互い様だってことで。君は君の縄張りに入った俺を見逃してくれたからさ」
『それはすみよんと一緒だったからと言わなかったかしら』
「聞いたよ。だけど、まあ、おいしく食べてくれたのだったらそれでいいんだ」
『あはは。おもしろい人間ね。キノコ……は今持ち合わせていないから、糸でどうかしら』
ギギギと喉の奥を鳴らしたアリアドネが手のひらから勢いよく糸を出す。
『これ。使っていい?』
「うん?」
何を使うのだろうと思っていたら、アリアドネが窓から蜘蛛の脚を伸ばして木の枝を取ると、その枝に糸が巻きついて行く。
あっという間に一着くらい服がつくれそうなほどの糸巻きが出来上がった。
「ありがとう」
『この糸は燃えないのよ』
「これってまさか。アラクネーの糸?」
『さあ。詳しい人間に聞いてみなさいな。蜘蛛の糸よ』
やっぱりアラクネーの糸だよな。
冒険者時代に東の渓谷でしか取れない糸の話を聞いたことがある。
その名はアラクネーの糸。
希少なことや耐火性能なんてものを置いておいたとしても、この糸は素晴らしい。
この糸さ。絹にそっくりなんだよ。
絹糸は街でも見たことが無くてさ。アリアドネからもらった糸を使えば絹製品が作れそう。
何を作るかなあ。
シルクで想像するものってまず第一にチャイナドレスが浮かんでしまう。
マリーがチャイナドレスを着た姿を想像し……胸が無い方がチャイナドレスって似合うよな。おっといかんいかん。
※いつもコメントありがとうございます! 誤字修正、表現ミスなどのご指摘もとてもとても助かっております! 近く修正せねば、、でなかなか手をつけれておりません。
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