第46話 どうなっているんですかー
「いきなり起き上がるとはどうなっているんですかー」
「すみよん?」
「すみよんでーす」
「すみよんが胸の上に乗っかっていたから、心臓が……?」
「そんなわけありませんー」
「だよねえ」
押されて圧迫されたものではない。
今も冷や汗が止まらないもの。もちろん、このプレッシャーはすみよんからではない。
「これほどの気配……マリーが心配だ。ポラリスや宿泊している冒険者も」
「弟子は酔っ払って素っ裸で寝てまーす」
「スフィアのことは心配してないけど……」
「そうなんですかー」
「曲がりなりにも赤の魔導士なんだし。彼女なら、この気配の中でも平気なんじゃないかって」
「酔うとぽんこつでえす」
「それは師匠が言っちゃあダメな奴だぞ」
「すみよんですから」
「そうね」
「すみよんだから」とは凄まじいパワーワードだな。
このワオキツネザル。会話が繋がらないことが多いし、こんなものだと受け入れるしかない謎の説得力を持っている。
人型だったらこうはならないんだろうけど、ワオキツネザルだから仕方ない、となるのだ。
「おっと。すみよんと遊んでいる場合じゃない。まずはマリーから見に行く」
「寝てますよ。寝込みですか」
信じられないと首を振る。
まさかと半ば冗談交じりに彼へ問い返した。
「寝てる? この気配の中で?」
「そうですよお。そもそも、エリックさん以外は気配を感じ取っていませんー」
「すみよんも?」
「ワタシは気が付いてますよお。すみよんですからー」
……。さっき、俺以外は気が付いてない、みたいなこと言っていただろうが。
待て。落ち着け。こいつはこんな生物なんだ。引っ張られてはいけない。
すみよんはちゃんと必要な情報を持っているはず。
すーはーと大きく深呼吸してから、続ける。
「となると、すみよんと俺以外は何ともないってことか」
「すみよんも何ともないです」
「や、ややこしいな。プレッシャーを感じているのは俺だけで、すみよんはプレッシャーの対象にはなってないけど、プレッシャーの主がどこにいるのか感じ取ってるってこと?」
「そうでえす」
「じゃあ、どこに」
場所まで分かっていたのか。侮れん、このワオキツネザル。
「そこでえす!」
「うおおお!」
窓。窓の外に何かいる! 何かいるってば!
赤い目? なのかあれ。丸い赤色のがポツポツ浮かんでいるんだよ!
こんなに近くにいたのに気が付かなかったのか? 俺。
大きすぎる気配は距離感をつかめないから?
「ま、まずい。すみよん。に、逃げないと」
「ジャイアントビートルでも逃げ切れませーん」
「す、すみよんなら、何とかできる?」
「何とかする必要もありませんよー」
こ、こら! 窓を開けるんじゃねえ!
と、ともかく。俺は俺で灯りをつけよう。真っ暗闇よりは幾分マシだろ。
『これでおあいこでしょ』
唐突に声が頭の中に響いた!
見ると、丸い赤丸のポツポツが室内にいる。すみよんが窓を開けるから入って来てしまった……ってわけでもないか。
あの気配の主がこの赤い光だとしたら窓でも壁でもあってないようなもの。
むしろ窓を開けたから、窓も壁も壊されずに済んだと見るべきだ。
「生憎、暗闇だと全く見えないんだ」
『そう。不便ね。これだから光感知は』
向こうは対話をする気がある。語りかけてきたのは向こうからだものな。
待っててくれるらしいので、失礼してランタンに光を灯す。
姿を現したのは異形の人型だった。
背中ほどまである髪色はエメラルドグリーン。額からはイナゴのような触覚が生え、頭の半分ほどを深い緑色の装甲が覆っている。
胸と腰も同じ色の装甲で固め、背中からは四本の蜘蛛のような脚が伸びていた。蜘蛛の足には赤色の目のようなものがあって、そいつがさっき俺が見た赤い光だったようだ。
身長は俺より頭一つ低いくらいでマリーと同じくらいだと思う。
20代半ばほどの女に見えなくはないが、昆虫と蜘蛛と人を足して割ったような……どう表現したらいいか……昆虫人間とでも表現すればいいのだろうか。
「まずは自己紹介でも。俺はエリック。君は?」
『ワタシ? ワタシはアリアドネ。あなたをマークしていたわ。縄張りに入ったでしょ?』
「あ。あの時感じた悪寒はアリアドネだったのか」
『殺意は向けてないわよ。すみよんと一緒だったでしょ。あなた一人だったら……』
「その先は言わなくていいよ」
すみよんがわけのわからないことを言っていたが、彼とアリアドネなる異形はお友達か何かか?
東の渓谷全域なのか一部か分からないけど、一歩でも入ると危険だったのは彼女の縄張りだったから。
しっかし、あの時も今も殺意を向けてなくとも、これほどの「圧」なのか。規格外過ぎてもう何が何やら。
ワオキツネザルの言葉と合わせると、彼女は意識を向けた俺以外には気配を悟らせずにここまでやって来た。
すみよんは除く。
本来なら気が付いて対処してくれそうな「酔うとぽんこつでえす」はぽんこつ状態で役に立たなかった。
『あなたの縄張りに入ろうとは思ってなかったの。だけど、つい。どうしても食べたくなって」
「お、俺はおいしくないぞ」
『あなたを食べてどうするのよ。ワタシ、肉は好きじゃないの』
「そ、そうか。それならいいんだ」
『アレ。食べさせてくれない? お礼はするから』
「アレ……って何だろう」
『あなたが食べていたでしょ』
ん。ええと。
「納豆きのこパスタ」のことかな?
殺意がないのは分かった。お代もお礼としてくれると言う。
それに彼女はわざわざこの時間まで「待って」から姿を現した。一応、俺以外の人に気が付かれぬよう気を遣ってくれている。
悪い人ではないのかな、と思う。
あと、このプレッシャーは俺の心身に良くない。故に食べてもらってささっとお帰りいただくとしよう。
「作るよ。ここに持ってこようか?」
『ありがと。待ってるわ』
「あ、あとは。圧を何とかできない?」
『あら、案外恥ずかしがり屋なのね。あなたを視ていたのがそんなに恥ずかしかった?』
「ま、まあそうだな……」
視るとかってレベルじゃねえよ!
と叫びたかったがグッと堪える俺であった。
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